午前中は晴れて暖か目の微風。
本堂内の空気は外気より数度低く感じましたが許容範囲。
法縁には遠くは筑波から来られた方たちがいらっしゃいました。
久しぶりにのんびりされるのかと思いきやこのあとスグに取って返すとのこと。次の日も地元で仕事を控えているといいます。
普段は車を利用されているそうですが「さすがにこの長距離はキツイ・・・」と電車とバスを乗り継いでの来訪だったようです。
しかしそのキツさは私も推測できるところ。
法縁後現れたのが歴史好きのご門徒さん。
最近は書画に傾注しているようで先日まで「勝海舟」の名を連呼していましたが、この日は「やはり泥舟」とその心変わりを吐露していました。
要は彼らの記した書を「所望したい」というところですが、私は来年の大河ドラマで勝海舟はブレークするやも知れず、どちらかと言ったら「海舟でしょ・・・」。
ところが心は一つ、あくまでも泥舟の書への気持ちは既に固まっていました。彼の生き方が素敵であると。
となると真贋を判定する目を養うことになりますが、何事も多くの時間を要しますので、とにかく真贋関わらずネットからでも購入してみればれば・・・とかなり投げやりなアドバイス。「騙されちゃいなさい・・・」
まぁその際は一応は落款印等の比較判定について経験を重ねること、できればその書に年号、月日など記されていれば尚可と。
拙寺にある泥舟は2点ありますが両方とも他からの頂き物。
こちらとこちらになります。それらを参考にしていただきました。
彼は先ずは、ということで静岡新聞社が出した「書と人」を購入しています。その件、承知していましたが昨日はその図録を庫裏に持参されました。
私も興味のない世界ではありませんのでペラペラっと。
すると「へ~え」と思わせられるものがたくさん掲載されていましたが特にあまり見る機会がなさそうな書がありました。
それがお万の方のもの。法名養珠院。通称蔭山殿。元は父親の関わりで北条時代の小田原にいたようです。
家康の側室で徳川頼宣(紀州徳川の祖)、徳川頼房(水戸徳川の祖)の母で、静岡市内(沓谷)では蓮永寺の有徳人としてその寺の創建に関わっています。
よってそのお寺の墓域には彼女の大きな供養塔が建てられているのです。
江戸で亡くなって遺骸は池上本門寺に葬られていて他所にも供養塔の類が建てられていますが。
供養塔は江戸期以降の五輪塔形式。
お寺にはこちらの書のほか家康から贈られた桃山時代の漆器等の遺品があるとのこと。
「するがの国長ぬまにて上田
百石きしんせしむる物也
げん和四年卯月一日 やうしゅ院
みまつ れんゑい寺」








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