酒船遺跡の亀形石造物 こちらも不思議過ぎ

朝の段階、雨降り前にプーゲンの鉢を本堂正面の庇の下に退避させました。

また前日に竹藪に入って数本の材料を用意していましたが、作業はナシにして庫裏でのんびり。

 

ここ数日「認知症の進行」をテーマにした会話が拙寺内でありました。

数名のご門徒さんの変化についてです。

それが年相応の忘れっぽさなのか直近記憶の喪失、いわゆる認知症の始まりなのか・・・

当然いずれの方もご年配、そして共通項は伴侶を既に亡くされての生活をされています。

近くに息子あるいは娘がその家族と暮らしていて適宜のケアは十分だと思われますがやはり基本は独り住まい。

ただ皆さん、外出と人と接することを厭いませんのでその進行を遅らせていることは確実でしょう。

それでも各「忘れっぽさ」多数は顕著になっているようです。

 

私も他者のことをどうこう言える立場ではありませんし、大いに日々忘れることが多くなった感あります。

昨日は息子が物置から見つけた写真に「奥の墓道」氏と息子の横浜みなとみらいの遊園地での遊具上の1ショットがありました。そこで23年前の日にちが記されていたその画像を彼に送ってみました。

私の脳内からはその景色は一切消え失せていたのですが、彼はその地でのお遊びと帰りに「〇×のラーメン屋に寄った」ところまで言い当てていました。

人の記憶の浅深はその印象によっても違うものですが、彼がそこまで記憶していたとは・・・。

好条件の揃っている私が先にその認知症になるのか?と奥方に苦笑して言うと「既になっている」と断じられてしまいました。

認知症になっても状況と対応次第では十分にその進行を止めることができますから気にすることはなし。

常に色々なところに注意を配して「何かする」ことが肝要ですね。

 

7時のニュースのあとは「取説ショー」を視聴。

何故かネコにスポットが・・・世は空前のネコブームだそう。

認知症予防にネコの「ありのまま」の態がイイとの説がありました。

人の意に反する行動に飼い主ら、人が翻弄され、それへの各対応をすること、思考することによって心身ともに鍛錬されるということ。

私などしょっちゅうネコにヤラれまくっていてその対策に追われているような日々ですが、そのことが私のお頭の劣化の進み具合を、少々防いでいてくれているのかもしれません。

大袈裟で、まったくその表現は適当ではないのですが「艱難汝を玉にす」なる語を思い出します。

「そうか、ネコどもは日々私を磨いてくれているのだ・・・」との気づきがありました。

 

 

扨、昨日の料金所を通過して酒船遺跡のもう一つ(こちらも)の石造構造物がスグに現れます。

ちっぽけな想像力しか持ち合わせていない私にはその見た事も無いような「何か」に首を傾げるのみでした。この山の上の摩訶不思議な石に続いて・・・

 

説得力のある何か合点できるような説明があればいいのですが、「わからない」こともまたいいですね。数式では解けないような存在に立ち尽くすことも悪くない。

私はその不可思議、わからないままただ受け入れています。

スゴイ!!の感動とともに。