好天ながら強くはないものの結構に風が冷たく感じる一日。
午前は墓じまいによる改葬と納骨の法縁がありました。
各家各事情、方向性あっての結論ですが、寂しくなります。
ただ淡々と受け入れ、まかせるのみですが・・・
どんどん「人少なし」に。
まぁ街全体、日本全体のテーマですが。
これは毎度拙ブログでも記していますが政治の失態以外考えられません。
永田町のセンセー方はここまで来てもその切迫感はまるでナシの態。
この期に及んでソーリはワケのわからない法案ばかり。
「国家情報局」「スパイ活動」「憲法改正」なんたらかんたら・・・政治屋の魑魅魍魎どもには「今の私」の栄華をただ誇るが如くの刹那的を感じます。
「ときはいま・・・」なる語が聞こえていました。
それを聞けば誰もが知っている明智光秀が本能寺に向かう寸前の連歌会で詠んだ「時は今 雨が下しる 五月哉」を思うことは当然。
「雨が下しる」は「雨=天」。「天下を治める」とこれからの期待とかなりの増長が窺えるところ。
「五月ころ」にはいづれも目処をつけたいのかもしれませんがその「五月」まで表せば違う人の名前になってしまうのと、やはりそのあとスグに光秀の首は胴体と離れてしまいますから。
天下を取った気になって自身のやりたいことばかりやろうというのではね。
日本の人口が年々減りまくっているデータを見せつけられていますが彼らは将来この国が国家としての態を為さなくなるという危機意識は無いのでしょうね。
将来のこと、流行りの「持続可能」についてはどうでもイイような。国が持続できません。人がいないのだから。
今子供を産んで一人前のオトナにまで育てることは相当なる難題です。
結婚しないという若者が増え、晴れて伴侶と巡り合えたとしても夫婦で仕事人間となって子供を持とうという余裕がなくなっています。
私の甥は数年前に結婚しましたが、嫁からは「子供は要らない宣言」をされてしまい父母に「孫は諦めて・・・」とだったそう。
専業主婦などいう語が死語となった今、女性は忙しすぎるのです。子育てしている暇はない・・・といったところでしょうね。
それは二人で稼げれば50年ローンで億ションも買えるかもしれませんが、それもいたって刹那で空しいとしかいいようがありませんね。
「いつまで生きるんだ?」の嫌味の一つも言ってやりたくなります。そしてちょっとはみ出して
①二人で一緒にその50年のローンを完済できる確率は?
②途中どちらかが死没した場合どうなるの?
③誰が相続するの?
④これからどんどん金利も物価もあがりそうなのに
等々、余計な事を考えてしまいます。
まぁそれはそれでその選択は各自由ですが、本題の子供を育てるといテーマ、以前より物凄くおカネがかかるようになっています。
例の「ランドセル7万円」には度肝を抜かされましたが、今の常識は新生児でさえ車の移動に車載用のベビーチェアが必要です。私どものその対応は無茶苦茶でした。
テキトーに後部座席に寝かせたり抱っこしたりで・・・
子供が増えればそれが複数必要になりますし、車が手狭になれば車のスケールアップが必要です。
息子は子供が産まれる前に高価なそれを用意していましたが他にも子育てグッズをあげていればキリがありませんね。
想像を超える大金が消えていく様を現状見せつけられています。何から何まで・・・信じられないほど。
ということで今若い世代は子育てという長期イベントを拒絶し、「今を楽しむ」的発想になっているのでしょうね。
「今が良ければそれでイイ」は国政と同じなのです。
やはりそのための経費、金額がネックになるのでしょう。
国はトコトン子育てのための支援をしていかなくてはなりませんよ。
出産に関わる経費に子供の医療費、学費タダ。出産祝い金一人100万円二人目200万円とかね。
カネを注ぐところを間違っています。的確に、そして税金を自分自身のためのあぶく銭、無駄銭にしないでいただきたいものです。
画像①~⑤は昨日静岡の秋野氏にただいたパンフレット。
静岡市歴史博物館の企画展「没後500年 戦国大名今川氏親」そして⑥が永田町の人々としばしば喩えられる「百鬼夜行」の画。水木しげる展、静岡市美術館です。
2つの美術館、紛らわしいですが異なりますのでご注意を。
⑦は昨日の境内、外ネコのキイロシロが追い込んで対峙するイタチ。「尻尾がフワフワで長い生き物」がまず奥方の視界をよぎったそう。先日の狸といい、拙寺境内はいろいろなお客さんが。南側の人家の方に逃走していきました。
最後の画像は私のブーゲン。前回降雨の晩の翌朝の図です。
雨予報の際は本堂の軒下に退避させます。








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