禅ケ峯神社の標から 冨樫高家 守護所は現野々市市

昨日はテラスに冬季限定隔離していた南国系植物たちを境内外気に開放。

それによってユリの鉢植えの多さに足の踏み場がなくなるという状況になります。それを予測して事前に鉢植えの簡易なステージを製作していたわけです。

毎度巨大化したハイビスカス鉢植えの置き方によっては車両の切り替えしを困難にすることがありますので、コンクリート路面でなく庫裏側にそれらを並べたことはなかなか悪くないかと。

 

日照に関しては夕刻に掛けて日陰になる位置ではありますがハイビスカスには丁度いいかもしれません。のべつまくなしの日照が好きそうなのはブーゲンでしょうか。ブーゲンは大小6鉢がありますが、よく咲かせるためには降雨を避けることが必要で、台車の上に置いていつでも移動可能にしておくのがベストですね。

ただし昨日は他の雑用があったため、くたくたに疲れてその配慮はしていません。雨予報は出ていますが・・・

 

扨、昨日記した高尾城には禅ケ峯神社があります。

その名は明治期に改名されたもので古くは筑紫宮(八幡社)と呼ばれていたといいます。

富樫高家が足利尊氏の命により九州筑紫に出陣、その際宇佐八幡宮に戦勝を祈願したことからの縁。その後加賀守護に任じられたというところ。

まぁ明治期にその名の変更があった理由は「足利尊氏」の息がかかった家系との関係を断つ意味があったのでは。

明治期といえば「足利尊氏=逆賊」が世間に吹聴されていた時期ですからね。

 

富樫家は藤原氏系で古くから加賀に土着した名門家系。

加賀守護家というところからもそれは言うまでもないところで

守護所がこちらから北西へ2km弱の場所(野々市市)にあったそう。

富樫氏系資料は野々市デジタル資料館へどうぞ。

 

富樫氏系図はその資料館から拝借しました。見にくくて失礼。