昨日の「安定」(天気)は大事!とばかりに表に出て色々と。
低気圧が迫っていますからね。
午前は晴れて半袖でも暑いくらいでしたが徐々に曇り空。
本堂外縁に掛けていたテントが乾燥しきっていましたので、先ずはその片付けから始まって寺楽市に使用した残材の片付けを。その後は雑多な境内の仕事いろいろを。
先日の新名神高速のトンネル追突事故の被害者の身元がようやく判明したとのニュースがありました。酷いというか惨い話です。
あまりにも気の毒でその不慮に溜息が出るばかり。
2台が巻き込まれその一台は1名、もう一台が父母と子供たちあわせて5名の方たちが乗車していたといい全員が亡くなっていました。
どなたにあっても事故を発生させた大型トラック(運転手)とその運行管理者について怒りを抱くのは当然の事。
しかし私は若い頃にアルバイトで高速道路管理会社にお世話になっていたことがありますが、ちょっとした疑問が残ります。
それが「何故にして連休前のあの時間帯に渋滞を伴う工事をしていたの ?」でした。
緊急工事だったかも知れませんが、通常、道路工事には公団側の管理車両が適宜巡回し「渋滞発生」となれば「工事中止、規制撤去」の指示がまず検討されるもの。
「工事渋滞」にはピリピリと気にかけるものなのでした。
ということで道路公団側の管理責任も、あるやも知れず・・・
とにかく身元判明の報に合掌するしかありません。
その道路について私は多い時は年に3~4回は通行しますから尚更。
夜中は誰もがぶっ飛ばしている道。居眠りしながらも・・・。
「道」といえばそこにあることは知っていても私がまともに進んだことのない道があります。
その道は小田原生まれ小田原育ちの私が子供の頃より耳に慣れた「旧東海道石畳」。
国道1号線旧道を自動車で走行していれば、その自動車道路の為にぶつぶつと細切れになった旧東海道の入口を見ることができますが、要は「旧東海道石畳」なる遺構は自動車道によって各所で破壊されてしまったということ。
かつてはのんびり歩いてみたいとは思ったものの、それはなかなか難しい。それをまともに進んで行こうとすれば自動車道を何度も横断しなくてはなりませんからね。
また、各分断箇所の途中からその旧東海道を行ってみようなどいう粋狂も車を駐車しておく場所がありませんので断念するというのがいつものこと。
ところが三島側にはその道を少々楽しめる絶妙の場所があります。
山中城駐車場(場所はこちら)に車を置いての下り道。
こちらは石畳の修正が済んで昔の面影を感じられる場所になります。
私は以前「こわめし坂」にて記していますが、まともに(10m以上)それを歩いた記憶がありません。





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竹内重夫 (火曜日, 07 4月 2026 09:36)
私は16年前に日本橋~京都三条橋まで、西尾走友会の仲間たちと旧東海道503km1年掛けて走りました。写真を拝見し、箱根旧街道を思い出します。箱根峠7曲がり、かしの木坂、甘酒茶屋、石畳、箱根の関所、山中城跡、石原坂、下長沢(こわめし坂)ここは急坂でスキーのスラロームみたいに走った事を思い出します。懐かしい写真ありがとうございました。
今井一光 (火曜日, 07 4月 2026 16:41)
ありがとうございます。
富士山近くに住まう静岡県人(私)が富士山に登らないのと同じ、小田原に住まっていた私は箱根旧街道を歩こうという気も起きませんでした。
東海道を走破ということ、その次元を超えていますがやはり強烈な遊び心を思います。
すばらしいことですね。
その心を忘れていけないとは頭に置いていますがますます動けないじれったい私がそこにあります。