小田原城再興碑 復興碑は次の地震崩落時に発見

昨日は朝のお天気の「騙し討ち」にあったような午後。

そもそも冷え気味の朝ではありましたが、明るい陽射しの恵みがありました。

朝からテラスであれこれと大工仕事に励んだのですが、日は陰りどんどん気温が低下した感。

夕方日没後、材木を購入に走りましたが風も冷たくぶるぶるっと来たほど。軍手の下の手指の冷たさにも痺れました。

こういうタイミングで風邪をひきますからね。危うかったのかも知れません。

 

昨晩の「英雄たちの~」は夏目漱石。

以前「こころ」について触れましたが昨日のテーマは「個人か国家か」でした。

漱石は戦争が始まるたびに出血(胃潰瘍)したといいますが、本当に他者のこと(個人 みんな違ってそれでいい)を真面目に考えるような人だったことがわかります。

今こそ漱石が必要な時代であると思った次第。

 

扨、小田原城の天守の中に入って感じたことは明るくキレイになっていたこと。私のイメージとは完全に変わっていました。

耐震工事の改装が行われていたのですね。

そういえばこんなのあったな~と思ったのが「小田原城再興碑」です。そちらの展示場所は光源を落していました。

QRコードの中の記述を転記します。

 

「宝永2年(1705)4月、元禄地震に被災した小田原城の再興を記した石碑です。元禄16年(1703)11月に発生した大地震により小田原城は大破し、各所の石垣が崩落、天守はじめ御殿など主要建築はことごとく倒壊類焼しました。

小田原城主大久保忠増は翌春より復旧工事にかかり、一年余の歳月をかけ、天守および櫓台、諸曲輪全ての石垣再興が完成したことを記念し、石垣石の一面にこの趣旨を刻ませ、天守台石垣に用いました。

この碑文は、刻字面を石垣の内部に向けて積まれたことから、長年その存在を忘失されていましたが、奇しくも大正12年(1923)

9月に発生した関東大地震で再度天守台石垣が崩壊したことにより発見され、天守台跡南側近くに建てられて城の災害と復興の歴史を伝えていました。

昭和35年(1960)小田原城天守閣が復興し、現在はその内部に展示公開されています。」