小田原城 御用米曲輪から本丸へ 動物たちはいずこ

昨日は「春の法要」(4月4日)開催前の世話人会の日。

折角のお天気の日曜日に足を運んで頂き感謝いたします。

勿論集会場所は会館「無碍」。

三人掛けテーブル10台で対応しましたが、あと3~4台は何とかなりそう。

 

昨晩は「風の電話」を視聴。

「愛しい人との会話」をそちらに参って・・・。

「親しき者との別れ」へとにかく心を切に向けたいという気持ち、その解法の一つなのかも知れません。

壮絶な不条理」を受け止めて前に進もうとする人たちがそこにいました。

 

世界にも同様にたくさんの無常を突きつけられた人たちがいらっしゃることがわかりました。その想いは世界に広がって今は550もその「電話」が設置されているといいます。

そういう人たちの心からの思い、私は耳を澄ませているのだろうか・・と自問。落第点か・・・

 

ウクライナからの女性も戦争で亡くなった友人との時間を求めてBOXに。

ウクライナにもロシアにもそしてイランにも・・・その電話機、世界中に広がっていくのでは?

戦争なんて悲しみの連鎖。よせばいいのにね。人間て・・・

戦争好き為政者の権力とカネへの執着から国民が巻き込まれるのはいつも同じ。

国民は命を賭場(戦場)に提供しているのも同じですね。

 

昨日、アメリカ国民へのあるアンケートの結果を見ました。

イランとの戦争で「今後安全になるか不安定になるか」の2択でしたが、安全になるが20%後半、半分以上の人が不安定、要は「ヤバくなる」でした。

 

昨日記した通り、子供や縁者を無惨に殺された親たちの憎悪感情の向け方、復讐心、反発、その捌け口が不特定のアメリカ人へ向けられるおそれを心配する人たちが多数ということですね。

歴史は「やったら やられる」の収束を求めているようですし実際にそうなっているような聞かします。

本邦それを「因果応報」なる語にて伝えられていますね。

仏教でも「蒔いた種は自分で刈りとる」ことは必須とお触っています。

ただし落とした爆弾で壊した街をオレが修復する・・・それではあの不動産屋トランプ。その語は奇怪なことになってしまいます。

 

扨、画像は小田原城の天守閣。

あまりにも身近な場所にあったため何らの興味も沸かなかったのでしたが、あの時は「奥の墓道」氏が拝観料「オレがおごる」とのことで登城。そうでもなければ登ってみようなどという気は起こりませんでしたね。

おそらく40年振りくらいだったのでは。いやもっとか・・・

 

今の本丸はそれらしい風情ではありますが、⑥図「常盤木門」を出てスグといえば私の感覚でいえばライオンの檻。

スグ隣にはアシカのプールそして猿たちがいる背の高い檻。

門から左には象のスペースでした。

動物園独特の臭気が漂いつつ、動物たちが発する音と子供たち歓声が響いていました。

それは20数年前のことだったか。

 

昨日の御用米曲輪の掲示板の追加。

その曲輪の発掘によっていろいろな事物がわかってきたことからでしょう。しっかりした方向性が見いだされたようです。

それにしてもたくさんの動物たちはどちらへ行っちゃったの?

彼らの仕合わせもまた望むところ。

何せ私の子供の頃からの風景が動物園と遊園地と10円カップジュースの売店だったのですから。