小田原墓参ののちのワンパターン 氏政氏照生害石

前夜からの大雨はやんで一転晴れ間がひろがり気温も徐々にあがってくれました。

ただし風は強め。午後になって特に吹きまくっていました。

気温の低下する予報が出ていますのでこの時節、まったく油断がなりません。

 

昨日の法縁で阿弥陀経があがりました。

その経典の紹介を少々行ったのでしたが、わかりやすいのが有名どころ藤原道長の名を。

施主の奥さんが「歴史大好き」ということと中高生も同座していました。

 

俄かに注目を集めるようになった藤原道長が書写した「紺紙金字阿弥陀経」です。

奈良国立で4月10日(金)~6月7日(日)公開されるようですから「行かなくちゃ・・・」。

 

施主は左手の親指の付け根辺りから手首にかけて赤く腫れあがり終始痛みを堪えるような姿勢と表情を。

気になりましたので声をかけてみました。

すると原因不明の症状で今後入院して本格的治療に入ることになっているとのことでした。

医者の見立てでは「雑菌が入り込んで何らかの感染症・・・」の推測。しかし抗生剤を服用するも改善しないとのこと。

免疫がおかしくなった(ランゲリハウス細胞―3カ月でマスターする人体 皮膚)?

私もたくさんの御門徒さんの「不都合不具合」について耳を傾けていますが、そのような症状について聞く事も見る事も初めてでした。

次回お会いする時までに完治していることを願います

 

扨、昨日は小田原の祖母家菩提寺について記しましたが、今その墓を継承しているのが、母の弟(故人)の長男。

彼が何をとち狂ったか例の合同結婚式とやらであの不法行為連発の宗教団体の嫁をとってから私どもと疎遠になったのでしたが、挙句叔母(母の姉)の全財産が彼らに吸収されたことによって完全に断絶したわけです。

 

昨日その宗教団体の解散手続きが始まった旨の報道がありましたが、これでその団体の集まりは宗教というカテゴリーではなくなったのでした。

そのきっかけはあの事案でしたが、ハッキリ言って有難い。

教団解散によって気づきを得て真っ当な人間としてご先祖の心を継承してもらいたいものです。

 

ただし親戚関係を復活させる気はさらさらありません。

叔母の遺産は莫大なものだったと聞いています。

その相続権一番だった母が叔母の死を隠されて、一般的に相続時効となる半年を過ぎてからその死を報せて来たことに腹をたてていました。

 

時効のスタートというものは「叔母の死を知った時」ですから

その遺産の継承に問題はありませんが、そのような嫌らしい浅はかさを感じた事とまともに葬儀にも呼ばれなかったという不義理に対して母はもちろん当家では「放っておけ もはや関わりたくない」になったのでした。まぁ彼らが亡き叔母に深く関わっていたことも事実です。結局は財産目当てだったということで。

何しろ卑怯で間抜け。それに尽きますね。

彼らがどれだけ教団に寄進したかは知る由もありませんが、とにかくこのことによってひと段落、溜飲が下がる思い。

 

小田原に行けばその墓参が第一ですが、パターンとしては駅前の「守谷のあんぱん」です。あの時は「奥の細道」氏が松琴桜で鰻重を御馳走してくれるということでそちらに向かいました。

その鰻重は大河ドラマの紀行に「拙寺の名前が出たら~バクチ」で私が勝利したわけですが、彼は「そんなもの、ですか~(遠州弁「出るわけがない」)「出たら鰻重1万杯だ~」でした。

ということで、あと9999杯・・・

 

画像は「守谷」の裏、路地を入ってスグの北条氏政・氏照の生害石と墓。拙ブログも小田原のこと、同じ場所ばかりで恐縮。

守谷のあんぱん+甘食を仕入れたあとはこちらに寄ってから松琴桜に。⑤は支払いを終えて彼が出て来たところ。「だるま」の寿司も選択肢にありますが、そのバクチは鰻でしたからね。

小田原に行けば立ち寄る先は殆ど固定されています。