遠州の曽我兄弟 曽我五郎宝篋印塔 長福寺

連日火事のニュースが伝わります。人命に関わるものです

人は思い込みと錯覚によって自らの首を絞めますが私の場合ことにそれを思います。

よって「信じられないのは自分自身」(昨日も)であるというのが私の持論になっています。

多様な場面でそれを感じながら「今がある」という感覚ですが、特に失火に関しては「これだけはあってはならない」と念頭には置いてはいますが、それもあまり信じていません。スグに忘れますからね。

何故ならば「人間だから」「私だから」ですね。

 

お寺といえばまず灯明と焼香は欠かせないもので、火というものの存在を完全に遠ざけることはできません。

以前よりその件記していますが、父も祖父も毎度の読経の際は欠かさずその「火」を取り扱っていたものです。当然といえば当然です。

しかし私は5~6年前から、法縁以外は灯明も焼香もヤメにしています。おそらく息子もそうするでしょう。

申し訳なくもまた、本来の姿ではないことについて後ろめたさが漂いますが、それが何よりの安心に繋がっているのです。

 

先代以前の様を推測するに、焼香や灯明近くの焦げ跡や、自分自身の「うっかり」の数々を経験してそのインチキに近いカタチになっているわけです。

何より、灯明と焼香のあと、庫裏に戻ってから灯明の火をしっかり消せたかどうかが不安になるものです。

再び本堂に戻ってみれば灯明の灯りがそのまま燃えていたり、翌朝にローソクがすべて燃焼して燭台にあるはずのローソクが燃え尽きていたり・・・そちらの反省の積み重ねが今の灯明・焼香なしに至ったわけで・・・

庫裏でも消したはずの電気ストーブがついていたなどまたぞろ。

 

昨日のニュース報道には驚かされ、また悲しくなりました

下関のお寺の火事の件です。

89歳の男性(住職?)含めてご家族5人が亡くなったといいます。本堂も庫裏も灰燼に帰していました。

あの様には溜息しか出てきませんね。

夕刻にはその件頭に入れてお念仏。

やはり「まかせる」他はないのでしょうが。

 

ただ自分自身については死ぬ時まで信じられない。

「私の80歳」も想像できませんがその頃には「オレは大丈夫」に変身しているかも。

これもまたおそろしいことです。

 

扨、先日は掛川でも森町に近い塩の道の標について記しました。

長福寺というお寺の門前になりますが、その長福寺の門の近くに地蔵堂があります。そちらに大振りの宝篋印塔が立っています。

それが曽我五郎の供養塔といいます。

 

曽我兄弟(またはこちら)は人気者、各は墓塔供養塔が存在しますが、何故にしてこちらにあるのか不思議ですね。

詳細掲示板をどうぞ。