好天・気温高め、そして無風の絶妙。
そこで境内木々の剪定と伐採を少々。
名も知れぬ雑木たちを伐りながら、少々気の毒な気にもなりますね。ようやく寒い冬を越しての春の気配、そこをアホがふらっとやって来て・・・申し訳なし。名前のない植物など無いのにね。
人の営みなどどれもこれも自分勝手なものです。
午後からは相良史跡研究会の会合。
終わり近くなって最年少のKさんが「勝海舟の掛軸を1本、手に入れたい」と。
先月もその手のお話をされていましたので「まず自身の目で見て研鑽を積むことでしょう」風の偉そうなことを言う私がありました。それでいて拙寺には海舟の書の存在はありません。
そこで身近な場所、浜岡池新田の丸尾記念館にあることを思いだしました。
直前に徳川慶喜と幕臣たちについての書籍について皆で語っていたということそして旧幕臣の中条景昭が新番組を率いて牧之原開拓団(茶園)として入植た一方丸尾文六らは失職した大井川川越人足らを纏めて茶の育成を手掛けて牧之原茶を明治の主要輸出産業と成長させたことについても触れていました。
ということで「それなら池新田へGO!!」ということになりました。
そちらは特に開館日が土日限定ですので好都合でした。
私も十数年前に行ったっきり、その後は記念館前の通りを通過するばかりでしたので。
閉館が1530とは知らず、少々時間が過ぎてしまっていましたが「開館中」の看板は掛ったまま。
急いで駆け込めば「まったくOK」というご配慮をいただき1時間近く長居をさせていただきました。
ご担当の方は丸尾月嶂展でお世話になった方。
また御前崎市では月嶂展の開催を検討しているとのことでした。気持ちとしては拙寺障壁画の貸し出しもあってもいいかとは思いますが、先方も展示場所に苦労するでしょうし、拙寺お内陣の状況も耐震材が丸見えになって見苦しいものがありますからね。
記念館は唯一残る丸尾家関りの一棟。
丸尾文六との関係は④の図に。
しかし本間家の名が出てくる通り、丸尾と本間は切っても切れないご縁があるとここでも感じた次第。




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