乾燥期、そろそろ「ヤバいかも」と思っていた矢先、昨日藤枝の山間部からの山火事の報せ。これからもっと風が強くなってくることを想像すると・・・早く早く・・・地理的には北西風が吹くことと大井川がありますので西方への延焼は防げるでしょうが・・・問題は東側。風下からの消火は厳しい。
それにしても山林火災が何故に各地で頻発するのでしょうか。誤ってなのか故意なのか・・・「人」が絡んでいるに違いないでしょうね。どちらもそういった場所(火の気のない)ですからね。
昨日は回忌法要がありました。
故人は20年間にわたる人工透析の末、数年前の1月の寒気に倒れたのですが、私が生前お会いした際はその困難について一言も口にされた事がありませんでした。
「20年」とは簡単に言えますが・・・それに対応したご当人の忍耐には感服しますが、家族ほか周囲の皆さんの協力が無ければその維持は難しかったでしょうね・・・
最近はたくさんの方からその透析の辛い話を耳にして、どうなるとその療法を選択せざるを得なくなるのか、どうすればその困難を回避できるのか・・・など考えるようになりましたが、結論といえばそれは①にまず年齢でしょうね。
腎臓の「経年劣化」に相違ありませんが、どなたかがそれを形容していました。
「何十年も交換していないフィルター」と同じであると。
機械だったら壊れます。
そして②塩分③糖分④カリウムの過多⑤水分摂取不足といいます。
飲酒と糖尿病によってその確率が上がるようですが、要は「口に入れるモノ」を管理していかないといずれ私もその恐怖から逃れられないということなのでしょうね。
私が塩分過多、ラーメン食のあとにバナナ所望のルーティーンは何だったのか。
「塩にはカリウムで対抗」という観念が植え付けられていましたがそれら修正すべき年齢になりました。
今、果物はバナナ→リンゴかイチゴに変わりつつあります。
扨、昨日記した馬伏塚城から横須賀城にかけて、かつてのラグーンからの新田開発のつづき。
横須賀城の南方、国道150号線を浜松方面に向かって毎度「昔は海の中」を思いつつ走れば「イオンタウン大須賀」なるS.C.が右手に見えます。
そしてその左手、海側は「弁才天海浜公園」なる昔の「ラグーン」を彷彿とさせられるような砂洲があります。
そういえば横須賀も大須賀も大坂も横砂もどちらも元はといえば「砂洲」からの地名でした。
その公園を形成する砂洲に遠州灘へ注ぐのが弁才天川になります。
県道の浜岡池新田方面から繋がる袋井大須賀線(元は軽便と並行)にその川に掛かる橋「馬伏橋」があります(場所はこちら)。
橋の名は案外と昔から変わらないというのが私の経験則ですので、その名を私と同輩変わり者が見ればがやはりニヤリとするでしょうね。
もう一つその道の東、岡崎城(またはこちら)横須賀城寄りに弁才天川に合流する三沢川がありますがそちらに掛かる橋の名が「小笠橋」⑦⑧。
「馬伏塚城に入った小笠原」をこじ付けたくなってまたニヤリ。
③弁才天川上流に馬伏塚城が見えます。








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