撰要寺「姥が懐」から馬伏塚城 ラグーン 浜岡原発

寒さは感じなかったものの境内の作業はサラッとカタチだけ。

あと所要で菊川へ向かいました。

昨年お会いした際はお元気だった、お婆さんが数日前に入院したといいます。あまり芳しくない様子だと。医師からは「そろそろ」の宣告を受けてしまったようで一同覚悟だけはできているとのこと。

もともと脳梗塞から始まって今は腎不全と心不全に陥っているといいます。

年齢も年齢ですし、私は心の底に「人」(ご当人)の限界域というものを思ったワケですが、家族の前でその語を吐くわけにはいきません。

医者に非ず家族でもありませんから。

その後、医者の見立てに反して改善があったとしても寝室は階上にしかなく相当の困難が待ち受けているといいます。

私も親を亡くす親族を見送る経験は数多、次はやはり「私の死に方」も同時に。

それを思わない日はまず無くなりましたね。

まかせるが自分のやるべきこと・・・について。

しかし深くは考えず・・・

 

扨、浜岡原発の今回のインチキ書面、酷いモノですね。

まぁいつもそんなモノだろう程度のデタラメ感はあり、たまたま稚拙が過ぎてバレただけ。隠しきれなかったというのが正解かもね。

中部電力の末端の作業員には色々お世話になっていますが、こと原発に関わっている上層の輩は程度が相当低いものがあるかと。

昨日は社長さんが出てきて、もぞもぞと何か言っていましたがそれを見て寒気すら感じましたよ。

 

その人の弁解の能力というよりも「人」というものの悍ましさにです。

「人」はミスを犯すもの。勘違い、思い込み、錯誤によって失敗することは日常茶飯事。

そこに故意、作為によるインチキがあったら常に受け身である私たちには成す術ナシでしょうよ。

 

「二度とこのような過ちが無いように努めます」なる心機一転「これからもやりますよ」のエライ方の弁はどちらにおいても聞かされているところで、ただただいつもの「またか~」の形式的謝罪の面々を見せつけられているのでした。

 

そこまでやって如何に早く再開したいかというのは一言「儲かるから」。

一度甘い汁を吸ってしまった人々が「そろそろいいべー~」とという雰囲気が会社上層部ほか内外から起こって尻腰を押されて暴走したというのが今回の嘘。

とてもじゃあありませんが、カンベンしてもらいたい。

 

私の「再開ムリでしょ」の考えは、それら「人」の持つ元来の事情(錯誤と故意)の件は勿論、根本的にあの立地そのものに疑問があるからですね。

経営者側として「地下に活断層はありません」の主張が通りつつありますが、根拠ない都合よき主張にも見えます。

見えない活断層もありますから・・・

 

私の持論としては遠州灘(浜名湖から御前崎)隆起の歴史があるからです。

以前も拙ブログにてその件を記していますが、地質学者はどういう評価をしているのでしょうか。危機管理側のシステムが機能しないのではお話になりません。

「幾ら貰った?」の世界。

 

特にその隆起の証拠といえば昨日記した撰要寺のある台地の西側の平地、古くから「姥ガ懐―うばがふところ」と呼ばれていた真っ平な地を思います。

横須賀城の図にて「海淵の道、入江」と先日記していますが、横須賀城の真ん前は海でした。

撰要寺のあるかつての砦のある台地は海からも陸からも馬伏塚城と連携しあい、高天神攻略の要になることを想定してのもので「海」が前面に広がっていたなど今は想像もできないほどです。

大規模な隆起があったということですね。

 

この地の「姥ガ懐」は遠州灘を往来する舟の退避地を意味します。

強風そして大波、嵐から逃がれ隠れるための天然の地形、「ラグーン」が形成されていたのでした。

 

「かつて」と言ってもさほど大昔の話ではありませんね。

横須賀城絵図は天正期の創建時の頃のものですからね。

また袋井の馬伏塚城近くの史料館に紹介されていた図が①になります。400年くらいの間の地殻変動の証拠がここにありました。

姥ガ懐が如何に舟たちの安息地であったことがわかります。

②~は現在の「姥が懐」の図。

②③④が東側、撰要寺、横須賀城方向。

隆起の事情は素人でもわかる、フィリピン海プレートが遠州灘の鼻っ先でユーラシアプレートの下に沈み込んでいるから・・・

世界一地震が多くて世界一火山が多い日本に原発を造って稼働させるその発想は・・・安くて効率よく電気が欲しいから・・・AIや半導体にレアアースは必需というのはわかりますが、電機はそれ以上に必要ですからね。

利益の追求(強欲)などロクなことはない。

 

一部の方たちの金儲けの為に庶民の生活を犠牲にするっていうのは「どうよ・・・」ってところ大ですね。

大嘘をついてまで・・・その魂胆はみえています。