比木「三間さんま」矢村義塾跡 驕れる者たちへ

「なんとかファースト」なる旗を振る最低最悪のアメリカの統領殿、いよいよお調子にのっている姿。

協調を欠如した「自己中心」の表明の如くですが他国に奇襲攻撃を仕掛けて100人以上を殺し首領夫婦を拉致するなど常軌を逸し、まともとはいえません。

ノーベル平和賞が欲しい?呉れてやれ。

 

問題はそれをマネして主張する軽薄の輩が現れること。

この国の政治世界でもそれを吹聴する連中が雨後の筍の如く出現してきましたが、そもそも政治屋さんとは「自分さえ良ければイイ」の自己中傾向の多い人々のお集まり。

やはり今回露見した政治屋さんの「国保詐欺」など見て、日頃のアピールとは正反対を思うばかり、こそこそと利己追及のためにのみ動くを心情にしていること大いに再認識させられました。

 

経済でも政治でもその自己を隠すか、表に出すかはそれぞれですが、そういった我が世の春の左団扇のお調子者たちには辟易とさせられます。

私はそういう連中を目にして、この詞をこっそりと口ずさみながら心を落ち着かせています。お念仏とともに・・・

それは日本人にとっては超がつくほど有名な一節でアメリカ人にはわかるまい。

日本人においてもそれを忘れているような振舞いをする方たちへの送る言葉でもあります。お前もそうだ・・・と。

聞く方にとっては「呪い」の詞にも感じるかもしれません。

それならそれで呪詛の詞としてもヨシ・・・

 

祇園精舍の鐘の声

諸行無常の響きあり

娑羅双樹の花の色

盛者必衰の理をあらわす

おごれる人も久しからず

ただ春の夜の夢のごとし

たけき者も遂にはほろびぬ

ひとへに風の前の塵におなじ

 

私はその言葉の羅列、偏になごみます。

驕れる者は後ろ指をさされ、笑われながら歴史から消えるのだ・・・と曲解釈。

尚、「笑い」は半分自虐を含めます。

少なからず私も生かされている身、いつかは死ぬ・・・様を見ろ。

イメージとしてはサム・ペキンパー監督の「戦争のはらわた」のラストシーン。主人公ジェームス・コバーンの笑い声です。

あははははは~笑うだけ。

 

とりあえずこの三連休、天候は荒れるといいます。

どちらさまもご注意を。

みなさんで協調し助け合いながら冬を越しましょう。

 

扨、矢村宣昭矢村義塾について記しました。

当初は正福寺前に塾を開設して「三間」に移設して住んだとありましたがその三間(さんま)についてはかなり前に拙ブログでも記していました。尚、その字名の語源は不詳。

 

その地には矢村義塾跡の顕彰碑があります。

以前そこの前を通った時は背後に家はなく山がうかがえたものですがその山こそが比木殿山(とんのやま)になります(場所はこちら)。

すぐ西には比木賀茂神社の森も見えます。その上の台地が比木の原、行僧原に続きます。