どう死ぬか 「健康」を保ちつつ それ絶妙すぎ ムリ

冬を越すこと春を迎えることが成就、その件歓びとして伝えられることがあることを知っています。

私どももその気持ちがわかるような年頃となったようです。

諸先輩方々は病の進行から生への執着を失い諦めの言葉を吐き縁者・友人たちも体力の衰退を口にするようになりました。

みんな話すことといえばネガティブ、散々の件ばかり

 

どなたであっても人として、一つの生命体として「当たり前のこと」とわかったつもりでいても実際にその年齢とどこかしらの抱える痛み、難儀そして鏡の中の自信の深い皺を見ていつもの「さぁ、どうする?」と声をかけられているようにも感じます。

どうするもこうするもありませんが「どう死ぬか?」と問われていると考えれば・・・やはり「健康のうちに・・・」。

それだけですね。どなたさまもその想いは同じでしょう。

しかしそれも自身の意思とはまったく別のところで動いてきますからね。

「まぁ無理だね」と突き放されているようにも・・・

 

冷たい風、びゅうびゅうの一日で山梨県からは山火事延焼の報せもありました。雨が欲しい。

冬場の乾燥期というものは出火の危険が避けられませんがそこは人体も同様。

寒すぎて水分を口にしたいと思わないという傾向があります。

先般大晦日のてんてこ舞いが終わった夕刻、血尿に近い色のおしっこが出ました。

「ああまたか 足りなかったな~」です。

 

足りないのは水分。

私はその件、毎度記していますが高校時代の夏の部活にてアホ先輩Tクンのいじめ的指導「飲むな 飲むな 絶対に飲むな うがいもダメだ」のヒステリーによって「水を飲まなくて平チャラ病」になってしまいました。変な鍛えられ方をしたということですが、以降、夏場であっても水分摂取を求めなくなり幾度もその赤いおしっこを見ています。

それはかなりヤバイ事であるととも承知はしていますが。

 

しかし習慣というものは恐ろしい。「喉が渇く」といった欲求が起こらないのでした。

そして今の課題は「飲むこと」(水分摂取)なのですが、ついついそれを失念してしまうのです。

コレ(赤いおしっこ)は私の近いうちの脳溢血が心筋梗塞の発症について「気を付けろ」の警告でしょう。

それ以外にも腎臓の病の原因にもなりますからね。

 

強風で乾燥、冷たい日々が続きます。

私自身への警鐘としてこれを記しました。

 

画像は所用で向かった原の茶畑からの富士。

地頭方に下りてまた駿河湾と富士。

寒風の中、海鳥って奴らは・・・寒くないのかね~。