昨日は今年初の家庭ごみの回収日。
どこもかしこも近隣集積場所はその袋で山積みになっていました。
拙寺にも年末からのイベント等いろいろのゴミ類が溜まっていました。
ゴミ出しは私の仕事。これで一息ついたところです。
実は昨日の5袋以外にあとその同程度の袋がありましたが、それらのゴミ出しは遠慮して次の回に廻すことにしました。
何故なら集積所は道路上にありますので、他家からのものも含めるとそれらで道を塞ぎかねないからですね。
「もっと広い場所に」という要望が現場(回収車)から以前寄せられました。
私どもとしてはその件まったく構わず、むしろその方が安心です。門前の道路にバックでパッカー車が入ってくるということもありますが、広い場所ならば量を気にすることなく出すことができるからですね。
しかし近隣他家の人たちは持参距離が増しますので苦痛でしょう。よってすべてのお宅の了解が必要、難しい問題として棚上げそのままということになっています。
扨、昨日のブログ「矢村宣昭」について「がつお氏」より国立公文書館にその名が残っている旨、お伝えいただきました。
ついでに当方に残る史料から矢村宣昭の来歴をざっと記させていただきました。
明治二年 掛川奉行支配割付 榛原郡西山村へ移住 私塾を開設
明治三年 相良勤番組世話役介 小笠郡比木村へ移住
明治三年 静岡藩相良修学所教授
明治六年 相良小学校校長
それから東京に出て再び比木に戻り
明治三十三年に矢村塾
もう少しその当史料(出典不詳)から記します。
矢村義塾 矢村宣昭先生
「矢村宣昭先生は、弘化元年十二月二十日矢村斧右衛門(御掃除番 十五俵一人扶持)を父として東京本郷の矢村家に生まれ、幼名を愛太郎といい、長じて沖斉と号した。
安政二年三月 十二歳の時昌平校に学び安積艮齋(ごんさい)先生について専ら経典史学を研究し、更に安政六年渡辺温先生に就いて英語・数学を学び天性の学才に一層の光彩を放った。
明治二年二十五歳の時、縁あって榛原郡西山寺村に転属して私塾を開き、地方子弟の教育にあたったところ、その学徳を慕って修学する者遠近を問わず多数にのぼりその数は数百を数えた。
数年後小笠郡比木村に転居。その間、学制発布による浜松県の教員試験に合格、明治六年七月榛原郡相良小学校長を拝命、間もなく磐田郡見付小学校長に転じて地方子弟の教育にあたり本県教育界に大きな貢献をした。
明治九年に上京して東京開成学校及び外国語学校で教鞭をとること十年に及んだが、明治十八年東京商業学校御用掛りを最後にすべての公職を辞し以来子弟のために筆をとって論語・孟子を解読講義した。
また文学を愛好する者と胸襟を開いて語り合うなど十数年間を社会教育のために尽くした。
晩年になりかつての榛原郡西山寺塾の門下生であった小笠郡比木村の萩原佐吉氏に、小笠比木村での生活を希望する旨伝えた。
明治三十三年四月 萩原佐吉氏は師の為に東奔西走して現在の比木正福寺前に住宅と教室を作り師を迎えて塾を創立し矢村義塾と命名した。
先生の教えを受けようとする遠近の子弟はこぞって矢村義塾に集まり、その数は塾の内外にあふれた。
大正三年同村三間に塾を移転して引き続き教鞭をとり、十六年間当地方の子弟のために尽くした。
その間に教えを受けた塾生の数は前後約五百名余と伝えられている。」
また、萩原家家屋にについて静岡県の伝統建築調査票からの記述を。
「萩原家は代々相良藩領の大庄屋を勤めた旧家である。
安政元年(1854)の地震の被害を受け安政三年に萩原左治右衛門が建て替え、現在に至る。
明治期にはこの地方では初めてお茶の栽培を手掛け、茶の輸出会社『有信社』を経営している。
昭和三十二年(1957)茅葺き替え 主屋根にトタンを被せたのは1965年頃である。」
萩原家は森の中にあります。家があることは大抵の人は気づかないくらい。
かつて敷地には多くの蔵が建っていたといいますが、その数多は崩落、残っている建物も朽ちています。
母家も朽ちつつありますね。
「西山寺塾の門下生であった萩原佐吉」・・・関係はそこから。
相良にも大いに関係のある人でした。
画像は萩原家で見かけたもの。③は④の流鏑馬繪とやらの図でしょうか。
⑤は疣地蔵と顕彰碑の図再掲。





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がつお (木曜日, 08 1月 2026 15:13)
詳細ありがとうございます
ここまでわかるのは地元ならではなんでしょうね
私の高祖父の一人も三州横須賀奉行支配から静岡県製塩方となりその後数年して明治
政府の役人になっています
明治初期の旧幕臣(特に御家人クラス)の動きの記録などあれば見たいんですがなかなか見つからないですね
今井一光 (木曜日, 08 1月 2026 20:06)
ありがとうございます。
ちゃきちゃきの幕臣で親しみが沸きます・・・
以上文書はやはり地元でまとめられたもののようです。
久々、浜岡図書館を尋ねてみようかと思っています。