梅一輪 問答無用で進む時 災難はまとめてくる

ここの3日間は多くの御門徒さんが庫裏に訪れます。

そのうち「久々に話を聞いて~」とばかりにその時間をとる方が少なからず(昨日も)おられます。

特別に時間をそのために用意しているわけではありませんので庫裏玄関のベンチに座って頂きます。あとから来られる方たちを横目に、中断を入れながら。

 

昨日のお話はいつも以上に「どん底の近況・・・」についてでした。どん底の話はお寺で・・・そんな傾向。

そのお宅には先般当大谷派、岡崎教務所の声かけで各地区御門さんから寄せられた竜巻被災者のための義援金を預かってそれを届けに伺ったばかりでした。

あらためてその御礼をかねての意もありお話の時間が長くなりました。何より教務所のご配慮と各御門徒さんの厚き気持ちに感激されていました。まぁ他の宗旨にもその手の活動はあるのでしょうが。

 

お宅は屋根瓦が飛ばされ未だブルーシートのままになっていますがそれを修理したとしても「老い先短い独り住まい」であり、いずれは取り壊されることになるという理由から「現状放置」だとのこと。3人の娘たちは嫁いでいますので致し方なし。

修繕の踏ん切りがつかないということ。

 

また近隣に住まう末娘宅の竜巻被災はより大きく、家族で悩んだ挙句、修理ではなく取り壊して新築にすることが決まったと。

その末娘は今年病気入院した次女の子供の学校送り迎え等、身の回りのことを見つつ家の片付け、県営住宅の仮住まいへの引っ越し、各手続き処理の繁忙と心労で先日脳梗塞で倒れて救急搬送されたと。

幸運にも軽く済んだようで今は退院しているといいますが。

 

長女は遠方の嫁ぎ先で春頃見つかった癌の手術で入院、退院したところでもらい事故に遭って再び病院に舞い戻ることになり、その間の義母の逝去でてんてこ舞いになっていたと。

その手伝いに末娘の運転で何度も往復したということも疲労が重なった要因と。

 

不都合ないろいろ、まさかの坂は重なるものですがそこまで酷いと「2025年の恨み」は当然、新しい年を迎えるにあたり、すべてを吐いて次のステップに移りたくなるのも当然でしょうね。

とにかく唖然とさせられるばかりで・・・

 

私はただ聞き役に徹しているだけで、その答えなど用意できません。感じることは人生を歩むに、難儀すること多し。

たまたま、大層な災いが重ねて家族縁者に降りかかってしまったということなのでしょうが、長い時間の中でみればどちらさまも皆同じこと・・・なのでしょうね。

探せば楽しいことの一つや二つ必ずあるはず。それに巡り合ったら喜んで楽しめばいい。

そしてただ偶然の機縁で「生かされていること」がわかります。

とにかく竜巻という災難は「ついてない」で納得する他はないでしょうね。

 

季節は問答無用で進んでいます。

梅一輪が元日に咲いていました。