少々の風があり思ったほど太陽の暖かさは感じられない日でしたがいつもの冬の寒さにはありませんでした。
午後から世話人様ご一同参集して大晦日のイベントの準備。細々としたいろいろまだまだありますが、その時動いて誤魔化す・・・いわゆるその場しのぎ作戦で。
イベントに対応できる駐車場スペースの少なさが難点である拙寺で以前は駐車場に誘導員をお願いしていましたが、今やその担当は不在。
要は駐車場利用者各々が各責任において駐車していただくというスタンスに。
拙寺とは関係の無い車両の駐車が頻繁に停まる日でもあるわけですが昨日も「2台で駐車して他所(隣接する他の寺院の墓地)に向った」などと御門徒さんから「何とかならないものか」とボヤキが。
もちろんその件、おそらく承知のうえで行っている人たち。
「自分の家の墓参のために他者の迷惑を省みない」というちょっとオカしくて罰当たりな「心」を指摘するものですがそれは毎度のこと。考えれば空しくなるばかり。
私が以前、駐車場係でそこに立っていようが問答無用で駐車していくその姿。要は当人の問題なのですから。
よって「人間とはそんなもの・・・」と、それをご指摘された御門徒さんにボソッと。
「違法駐車1万円」などいう威圧的掲示もそこかしこで拝見するようになった昨今ですが、その手のエグイ文面は少しばかり遠慮したいところ。
隣接するコインランドリーの駐車場にも「お寺の駐車場ではありません」との記述が目に入りますが、拙寺とは無関係な方のお墓参りの方がその駐車場や路上に留め、拙寺にクレームが入るという理不尽。中には手前の外塀前に路駐した車両によって通行できなくなった2トン車の運転手が激高し殴り書きでボロクソ記した書面を掲示板に貼り付けて行ったこともありました。
拙寺御門徒さんの車ではなかったのに・・・
まぁ駐車場に関してこの時期まったくロクな事がありません。
寺が受け身になる理由とは偏に「面倒はゴメンだ」というところでしょうか。
トラブル、感情の対立というものは自己と他者の欲求主張がぶつかり合う、いわゆる「煩悩熾盛」の現場。
それだけは回避したいところで特に坊さんとしてはそれは特別です。よってこれらの場合、最良なスタンスは「ただ譲歩」することでしょうかね。
その「面倒はゴメン」「譲歩する」という気持ちを持つことこそが、この社会でギリギリ生き延びる術なのかも知れません。その反対が「傲慢」でしょう。
扨、恒例となった大晦日の拙寺イベント「除夕鐘」が10時~15時まで撞かれるわけですが、そのようなカタチに到達したのはやはり当初の「面倒はゴメン」の心理。
風物詩の如く情趣を感じる方もいらっしゃるでしょうが夜中に鐘を打ち鳴らされて「うるさい」と思う方もいるのですから。
少数の方かもしれませんが、睡眠不足に陥って病的症状を惹起したりすればその主張から法的に民法上の「不法行為」となる可能性がありますね。
要は裁判沙汰となって近隣住民と訟うことになりかねないということ。
それはその鐘の音が騒音として個人への不法行為となるのか、ならないのかを裁判所に判断を委ねるということになりますが、お寺としてはその状況に陥ることだけは避けたい。
「あのお寺の坊さんは訴えられたよ」などと後ろ指を指されるというのは具合が悪すぎます。それが私どもの当初の発想でした。
それを強行して行う根拠もそもそもナシでした。
ただし「騒音である」との相手方の主張についてこの社会には「受忍限度論」という考え方があります。
「不法行為」にあたるか否かの判断基準のことでそれは
「社会通念上、『我慢』の範囲内なのか否か」について検討していくことをいいます。
やたらくたらと一方的な個人の「権利」の主張を抑止しようという考えでしょう「ある程度の忍耐も必要」ということを示すもの。「我慢すべき限度」というものか存在するのでした。
その限度を超えている(被害を受けた)と判断されたときに民法709条(不法行為)となり損害賠償や差止請求が認められるというわけです。
尚、前述の駐車場の問題はその「不法行為」については確定的。
100-0で私どもの主張は通るはずですが、「まぁまぁ・・・」と肩を叩かれておしまいといったレベル。
社会通念上のその社会、案外と住みづらい・・・
「社会通念上、我慢の範囲内か」の判断とは・・・
★被害の程度
騒音の大きさや継続時間、健康被害の有無
★加害行為の態様
公共性の有無 回避措置を講じているか
★場所的性質
商業地域か住宅地域かといった周辺環境
★先住性
被害者がもともとそこに住んでいたか
後から住むようになったのか
社会通念上その我慢が「適当なモノか」の判断は裁判所。
そしてその判断をその機関に任せるということはまずは避けたいものです。
「住宅地」というところは完敗。「先住性」については寺の古さから言って問題ないとは思いますがね。
家康によって大沢から新町に下りた来た時は周囲に7軒しかないくらいの野原だった時代でした。
画像は昨日の準備後、皆さんが解散したあとの図。
②は幼小児向き除夕鐘。身長にあわせてどの高さにするべきか何度も試行しながら付け替えをしました。
③は総代の受付小屋。一応は北側からの風を抑えるため、いつものテープでやっつけました。
石油ストーブ1個で限界まで我慢していただきます。
2025年1年ありがとうございました。
私も周囲もそれほど面白かった、良かったとは言い切れない1年でした。それは少々贅沢かな?
まぁ次の年もそのようなものでしょう。
いや同じくらいに過ごせればむしろ上出来。
下り坂は確定、しかしその斜度、できるだけ緩くすごしたいものです。
いずれにしろイキナリのまさかの坂が訪れたとしても笑って受けいれるつもり。
いつもそればかり考えるようになりました。
そういうお年頃。
日々楽しく生きましょう。



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