暖冬うれしや・・・とお調子に乗っていれば・・・
昨日一日、寒いは風強いはで・・・幾度そのフレーズ(寒い!!)を口にしたことでしょう。
朝から所用で横砂方面にて、ふらついていました。
所用と言っても奥方に言わせればまったく意味不明の野歩きの類ですが。「風に吹かれて」てな感じで。
尚、その名称「横砂」は古い呼び名で今は横須賀が通称。
拙寺の過去帳の200~300年前の記述や文書にはその「横砂」の地名が登場してきます。
過去帳の古い時代には結構、その地名が出てきますが現在、その地の拙寺御門徒さんは皆無。
まぁそれは拙寺の場合であり、あの地は大須賀康高率いる横須賀衆の地盤ですからベースは三河門徒。
横須賀には真宗寺院が複数あります。
昼すぎに「いい加減にしろ!!」のlineが入りましたので急ぎ寺に戻り午後からはまともな寺仕事、残務整理に。
息子は処理場への搬送に駆り出されていました。
今週は日曜日も処理場が稼働しているそうですが、その日は大渋滞になることは必至。
早いところ「やっちまえ」「のんびりしている暇はない」と尻を叩かれたわけです。
坊主がのんびり、暇を持て余しているということは御門徒さんにとってはある意味「仕合わせ」なこと。
この急激な寒さへの変化は気がかりですが・・・(血管に悪影響)。
扨、数日前から掛川満水(たまり)、その翌日には菊川西方でのクマの目撃情報がありました。
同一個体と推測されていますが、昨日はその画像もアップされていたことと足跡からクマで間違いないというところ。
これまでの「クマ出た」情報はまずニホンカモシカを見たあわてんぼうさんの誤情報でしたが、今回は信憑性高し。
その二件の情報で私の持論、「高天神城にはクマ出ない」論が怪しくなったわけです。
新東名―1号バイパス―東海道線辺りまで突破されたということになります。
よって次は掛川、菊川の市街に旧東海道、そして東名高速まで超えるには時間がかかるだろう・・・などと高をくくっていれば早々に掛川入山瀬の目撃情報。
上記2地点の個体とは違うような。
菊川西方とは少々離れています。
その入山瀬は、掛川市中心部も旧東海道も東名高速もすべてクリア、あの小笠山からの高い尾根をすべて超えて来た高天神城のある土方地区に隣接した場所。スグ間近になります。
あの獣の動きたるや一体全体・・・驚異的です。
これで私の遠州海岸線安泰の理論も完全に瓦解したわけで。
もはや相良辺りで何時出てきても不思議はないくらい。
うかつに散策もできない。
画像は高天神城の一番の残存遺構、重ねて。
二曲輪の先、空堀土塁の図。








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