銅製鋳造鍍金 菩薩半跏像と如来倚像 米は買い控えを

ここぞとばかりにお米のマネーゲームが勃発した挙句、庶民がそれに右往左往させられた1年でした。

拙寺も某世話人も「米が無いから分けて欲しい」などいう御門徒さんからのヘルプが舞い込んだり、これまでとはあり得ないような件も体験しました。

 

「米が無い=お金がないから求めることができない」ということに他ならないわけですが、普通の生活をされている方たちには(その「普通」がどのあたりのことか説明できませんが)「ピンとこない」「意味がわからん」の不理解に陥る方もいらっしゃるでしょう。

要はその理解不能の方々が「普通」あるいは普通以上の生活をされているということなのかも知れませんね。

 

私は多くの家々の皆さんに御厄介になっているわけですが、その「おカネが無い」の件殊に最近になって耳にするようになりました。

特に拙寺の懇志依頼として高額なものになるのが、葬儀費用になります。少々以前は葬儀直前、あるいは直後に「実は・・・」という具合に「その件」について吐露されることがありましたがつい先日、「そろそろ看取りの時が迫っている縁者が」という方が

訪れて「どうしていいかわからない」と相談を持ち込まれました。

丁度、世話人さん御一同がいらっしゃいましたので「その時」について出来得る対応概略をお話させていただきました。

経済的に破綻されているようで、病院からの搬送と通夜葬儀ナシの直葬を希望されていました。

 

要は私の出る幕はないということですが、火葬場でのお勤めは修めさせていただく旨説明しました。

ただし法律上死亡診断から1日、インターバルが必要ですから「火葬場直行」はできない事も。

その方は棺の購入費用も節約したいと仰ってましたがその件も「前代未聞で不可能だろう」と答えました。

 

お迎えに行くにも棺を用意するにも「世話人がお迎えに行けばそれなりの経費が発生する」ので最低限の経費は用意してもらわなくては・・・ということで納得していただきました。

大抵の方々は自分や連れ合いの「死」というものに対して早くからその「経費」を「生活」から除けてプールしておくものですが、それができない。

それは何故か・・・老化と病気そして扶養者不在ですね。

夫が逝去して家族は病気療養者揃い、自身は微々たる年金でその日暮らし的な苦渋の生活があるわけで。

 

本当に「病気」というものたくさんの種類がありますが、それによって働くことができないということの辛さは、はかり知れませんね。

入院費、施設利用料は莫大です。ということでその「普通の人」とは「健康な人」と言い換えても過言では無かったかも。

 

そういった家族が増えていることもあって私は世話人さんとその依頼に応えられるよう簡略化した個人葬の方向正を模索しているわけです。

 

要は葬儀式の運営を業務とするシステムは思いのほか高額になり問答無用の機械的請求がされるということ。

たくさんの人たちを業務に充ててそれなりのサービスを提供するのですから当然といえば当然。

それに対してその高額から私ども寺への法務費について減額を依頼されるということはお寺の運営が行き届かなくなることでそれは避けていきたいというのがその模索本旨になります。

 

私どもは各御門徒家々と永いおつきあいをさせていただいており、かつこれからのおつきあいというものが未来にわたってありますので、そういった相談にも善処しなくてはなりません。

請求書1枚手渡してそれでお仕舞いといった類ではありません。

 

また「お米が買えない」「葬儀が出せない」という人たちの切実が現実に存在することなど中央の政治屋諸氏はまったくノーケア(知らないを通り過ぎて「知ったこっちゃない」)のレベルなのでしょうね。 

 

値が吊り上げられて庶民を困らせた米の高騰、いわゆるマネゲ。

一転いまや高すぎる新米が売れ残り「コメ余り」の状況が窺えるとのこと。店頭ではその高額な新米が売れずに山積みになっているといいます。

我れ先に米を買いあさり一儲け企んだというのがJA?ほかその世界の魑魅魍魎たち。

 

高値で仕入れた米は当然に安くは売れないでしょう、在庫を抱える焦燥が窺えます。大損が目に見えていますからね。

かといって庶民は需要と供給について無頓着ではいません。

バカ高いコメなど無視していれば在庫過剰で値崩れすることは承知。投資の損失を補填してやる必要はありません。

もうしばらく、カリフォルニア米か備蓄米を利用して、いづれ市場に溢れ出るであろう新米を手に入れましょう。

 

目標は石破さんが言っていた5㎏3000円代。

ひょいと政権が変わって「生産調整」への方向転換は絶対に庶民をバカにしています。

「おこめ券」とやらの拘りを見ているとコメの価格維持(PKO  プライス キーピング オペレーション)やJA?の儲け話の後ろ盾を目論んでいるかの如く。

バックに何らかの利権の存在すら疑わしく思う次第。

 

わが静岡県内でそれを採用した自治体は今のところナシ。

浜松市も静岡市も早々にそれではなく自治体オリジナルの商品券を発行すると発表していました。

牧之原市もそうあることをネガイマス。

 

よって僕らは我慢します。3000円代に下落するまで。

コメ余りにさせて一儲け企み庶民を困らせた輩どもを懲らしめてやりましょう。

 

扨、先般より拙寺阿弥陀如来の「立像」であり「坐像には非ず」など記していましたが、仏像のスタイル型式には各あります。

表記画像の仏たちは東博の法隆寺館から。

銅製鋳造鍍金ですべてが重要文化財指定。飛鳥~奈良時代の逸品ばかりです。

これらの仏像のスタイルは古式ゆかしいもの。

「半跏像」になります。

最後の画像が如来の「倚像」。

菩薩の「半跏像」と如来の「倚像」ということで。

しかしこの時代の鋳造物のお顔は日本人離れした形相。

 

 

コメントをお書きください

コメント: 2
  • #1

    小山昭治 (月曜日, 22 12月 2025 08:48)

    法隆寺館は、素晴らしいですね。最初に行ったときは「写真いいの?」「怒られないよねー。」外人がカメラを構えて撮影していたのを確かめてから撮影しました。
    まさしく小心者でした。
    お客さんが少なく落ち着いて見られるのはいいですね。
    ただ余りに暗く、キョロキョロしてものすごく心配だったのを覚えています。私以外の拝観者がいなくなって怖くなりました。
    展示会を見てからの法隆寺館へ。都合4回ほど行きました。いいねー。
    エジプト館?でミイラを見て、撮影できたのもビックリでした。
    東京の人はずるい。いつでもすぐにいろいろな者を見られるんですからね。
    まだまだ税金を納めてもらいたい。こちらの交通費も負担してもらいたい。
    八つ当たりです。

  • #2

    今井一光 (月曜日, 22 12月 2025 18:18)

    ありがとうございます。
    東博に権利のある遺産は撮影OKというのは楽しいですね。
    借り物、企画展の品には撮影禁止の掲示がありますが。
    時々お調子にのってカメラを向けていると担当者に制止されることもありました。
    それでも基本的に常設展はまず撮影可能ですからうれしい。

    首都圏在住の友人は年間パスポートの購入を検討していましたし、近隣に住まわれる
    方たちには羨ましい思いがします。特に上野周辺にはたくさんの博物館が集まって
    面白そうな企画展が催されていますからね。
    気楽にお散歩気分で過ごせること、なんとすばらしいシチュエーションでしょうか。