蔦屋重三郎 藤枝市郷土博物館 エンバーミング

昨日午前は当家墓石の清掃と納骨室を覆う石材の取り外し作業。石材店と同様の仕事。

叔母の四十九日の納骨法要があります。

 

叔母が亡くなったのは7月でしたが、納骨がここになったのは「丁度いい季節になったから」です。

要は「冬場がベストである」との私の判断。

残暑の墓地という環境下、それに伴う雑多な作業を行うのは私ですからね。

 

私どもの宗旨に迷信の類は一切なし。鼻で笑って一蹴。

どこ此処までに納骨を、あるいは四十九日法要を勤修しなくてはならない・・・などの決まり事などなし。

その手の問い合わをされる方もありますが、「皆さんのご都合のよろしい時に・・・」というのが常。

 

中には亡くなってから49日間は仏には非ず(中陰)、それが明けて晴れて仏(満中陰)となるのだ・・・などよく聞くところですが

そんな時は「たとえば」と歎異抄一条の紹介。

 

「弥陀の誓願不思議にたすけられまいらせて、往生をばとぐるなりと信じて念仏もうさんとおもいたつたこころのおこるとき、すなわち摂取不捨の利益にあずけしめたまうなり。弥陀の本願には老少善悪のひとをえらばれず。ただ信心を要とすしるべし。そのゆえは、罪悪深重煩悩熾盛の衆生をたすけんがための願にてまします。~」

 

修行の多寡、家柄、学歴、貧富の差による制約はなく、そのタイミングこそが

「念仏もうさんとおもいたつたこころのおこるとき」なのでした。

よって7日✖7回の49日での満成就の「おはなし」の件は「おはなし」としてはまぁいいのですが、その件、早かろうが遅かろうが「皆さんで決める」が一番というのが私の考えです。

 

扨、一昨晩はNHKのクロ現を視聴しました。最近色々と騒がれているあの内容。

安心して死ねない 葬儀とお金 揺れる現場から」でした。

昨晩放映された「運転寿命」についてもなかなか注目すべき内容でしたが。

特に「免許を返納した4割に痴呆症の進行があった」というデータは「なるほどね」。

 

前者番組は人口密集地の過当競争の如くのその業界にあってその特有「いろいろある」ことは了解できますが「なかなかエグイ」ところを感じさせられました。

特に「エンバーミング」処置がそちらの方面の会社ではつきもののようになっていて、営業マン必須のサービス項目だというのには驚き。

「断ろうにも断れない」という場合もあるようです。

 

それは火葬まで日にちを置かざるをえなくなったこの御時節、遺体に腐食防止剤の如く薬液を注入するというものですが、それだけで大幅な葬儀費用のアップに繋がるよう。

 

叔母の逝去が7月の猛暑真っ盛り、当地に火葬場の1週間待ちなどのインターバルはありませんが、最近よくいわれるようになったドライアイスでさえも私は使用しませんでした。

その他8~9月に逝去された方々も私が差配した葬儀で「そんなものいらない」と指示していました。

心配だったら「冷凍庫の保冷剤を胸とお腹に」で対応しました。

よって早く火葬手配ができれば保存剤注入は不要。

 

「別れの時間を大切に」というのはもっともなところですが「はかなくなる・・・」いう現実は「悠長なことを言ってられない」のです。

生命を失った瞬間から、人は刻一刻と変化していくことは当然の流れ(小野小町 九相図-ウィキ)ですからね。

儀式のために元の姿を維持し続けようとすることこそ本来の送り方を逸脱しているのでは。

まぁ火葬場1週間待ちというのは当地ではそうありませんが。

 

私の場合は自分が亡くなってから時間とともに顔が崩壊していこうがどうでもイイことです。

そもそも病院や施設で亡くなればそれなりの処置はしていただけますし、警察の刑事課にご厄介になったとしても素っ裸ながらパッケージに入れられた姿でお迎え。

そして念入りに棺の底にシート、吸水マットを敷いておけば尚ヨシです。

 

遅延させることによりそれがご商売のネタにされるのでは息子に申し訳ない。息を引き取ったら「さっさと手配して・・・」です。問題は何処で死ぬかでしょう。

まぁそのようなことを考えて生活はしていられませんが。

 

私は「お寺で葬儀」派ですが、その手のノウハウはお伝えいたしますので、疑問点等がありましたらメールにてどうぞ。

 

  

午後からは奥方の運転手で藤枝まで。

どうしても蔦重展の開催されている蓮華寺池公園へ行くとのことでした。

 

平日にもかかわらずなかなかの来場客の多さに驚かされました。

相良以上にこの企画は成功したかの如し。ヤラれた感あり。

「よくここまで集めたものだ」と溜息が出ました。

あの相良のクラウドファンディングの刀も展示されていました。

12月21日(日)でおしまいになりますので・・・。

 

 

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コメント: 3
  • #1

    小山昭治 (水曜日, 10 12月 2025 09:24)

    バリ島での大谷高校生徒による窃盗事件。
    何を勉強しているのか。親鸞はどう思うのか。
    軽い気持ちでの行為でしょうが、情けない行為です。
    この先の後悔と精進を期待するしかありません。

  • #2

    今井一光 (水曜日, 10 12月 2025 18:59)

    ありがとうございます。
    ありがちな事案で気にも留めていませんでした。
    先生方は大変だったことでしょう。
    大谷高校は地元私立ではかなり優秀で、その殆どが大谷大学以外に進学していくようです。よって坊さんになることを目標にそちらに通う生徒は稀なことかも知れません。
    かといって軽微な万引きとはいえ犯罪ですので、ご当人には反省していただかなくては
    なりませんね。
    そして「親鸞さんは・・・」その件を耳にしたとしたら、にっこり微笑んで恕すのではないかと。その推測はやはり上記歎異抄第一条の後段にポイントが。
    「弥陀の本願には老少善悪のひとをえらばれず~罪悪深重煩悩熾盛の衆生をたすけんがための願にてまします。しかれば本願を信ぜんには、他の善も要にあらず、念仏にまさるべき善なきゆえに。悪をもおそるべからず、弥陀の本願をさまたぐるほどの悪なきがゆえにと 云々」です。
    一言で「悪人正機」、悪人だからこそ・・・の思想で、そもそもの人というものの、その煩悩まみれの凡夫を救済の対象にしているからですね。
    精進という言葉が「善」とすればそれができない私が「悪」、如来はその善悪について線引きすることなく一律に手を差し伸べてくれます。
    問題はそのテーマへの懺悔(さんげ)ということになりますが、それはただ自分自身を見つめ直すことのみかと。
    教師もおそらく「しょうがないね煩悩で動いてしまう私、貴方(人間)だから」程度の御注進があったくらい。それほど大した問題視はしないでしょうね。
    それが当流の思考かと思います。
    警察官も先生も政治屋ももっともっとそれ以上のことをしでかす昨今御時節、今回の書生さんの衝動的になしたであろう行為について論うことなどできないと思われます。
    また教育者の立場であれば「若いうちに気づくことができて良かったね~」それしかありませんね。
    私がその子の親だったとしても、関係者にはお詫びしつつ当人には苦笑いしながら他者に迷惑をかけたことは叱るかと。
    結局は私も他者に迷惑をかけながら成長させていただいた口ですからね。


  • #3

    小山昭治 (木曜日, 11 12月 2025 08:58)

    南無阿弥陀仏。