比較的暖かさを感じる一日でした。
先日は清水から来られたというご夫婦が「相良は寒いね~」と私に。
それは「清水が暖かくて相良が寒い」という言に相違ありませんので一応は私の反論をさせていただきました。
その日は遠州の空っ風が朝から吹いていましたので、その件を指摘した次第です。
清水にはその風が無かっただけの話でしょうが、それほど体感が違うものか少々の驚きがありました。
ちょうど今頃といえばこの地域の農家では切り干し芋の生産のために、周辺の知り合い等に声をかけての大忙し。
これが「遠州の空っ風」をアテにした切り干し芋の生産シーズン。
晴れつづき、そして適宜風が吹くこの地の利ですね。
しかし私は風の無い穏やかな晴れ間が好きなのですが・・・
空っ風といえば北西風、いよいよ火事について配慮しなくてはなりません。怖い時節です。
扨、高天神城の山系の西の谷、萩原峠を越えた地になりますが東大谷なる名称。
そちらを流れる東大谷川の近頃というと何故かその川に水の流れは一切ありません。
川幅は10mあるかないかですが、川底の砂利が顔を出しそちらを散策できるくらい。
こちらの川沿いの道、横須賀―相良を結ぶ遠州灘と平行に走る銭瓶堂のある街道から東大谷に入ったあたりは犬待坂といって高天神城から出た武田側の斥候やら横須賀城がら出た徳川方の兵との小競り合いがあったと伝わります(画像の橋の位置はこちら)。
今は谷口橋との明記ですが、こちらも例の如くの後世記名変更があったとすれば元は矢口橋?・・・ついついそういう目で見てしまいます。
藤田鶴南氏による記述を転記すると
「天正年間高天神に出入りする武田方の雑兵を待ち受けたところでこの名がある。天正六年十月横須賀の対陣が終わる頃、武田勢東大谷を通って高天神へ兵糧を入れた。この時康高が部将渥美源吾郎、鷲山伝八郎、浅井九右衛門、柘植又十郎等甲州勢を追って犬待坂で戦い、敵首を取り、殊に渥美は家康より革の胴服を賞与された。」
待伏せする敵方のことを「犬」呼ばわりするところ、人殺し世界に生きるということは獣になるということか・・・それにしても高天神お馴染みのメンバーの名が連なりますが、ここでも渥美が首を取っています。「首取り源吾」と呼ばれる由縁ですね。






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