インフルエンザの流行について「ますます繁盛」のニュースが入っていますが「今回のインフルエンザは超悶絶・・・」「たまったものじゃあない」という連絡が縁者からありました。
これまでのものとは断然違ったといいます。
「人混みは特に気を付けて~」とのアドバイスは、息子宅の3カ月の子に感染させることになることを気にしていました。
免疫というものがない子に40℃近い高熱を体験させることになるかも・・・ですね。きっとタダでは済まない・・・
それを聞いて奥方は「そこいらに買い物に行くにもマスク着用ね」とのお達し。
しかし昨日、奥方の買い物運転手としてお店を徘徊した際、その件忘れて私はノーマスク。
それを大いに指摘され「馬鹿め!!」と罵られてしまいました。
インフルに感染するのも嫌ですが、そっちの方もまた恐ろしい。
私は「免疫力」(が有るから~)を主張しましたが・・・
その縁者は教師をしていますのでインフルエンザの感染源はおそらく学校からだと。
なるほど、若い連中の持つウィルスのパワーは強烈ですからね。
ふらふらになって足の運びが覚束なくなったと。
40℃の高熱はゴメンです。
私はこの冬こつこつ寺で一人大工仕事でもしているか、一人クマどもの冬眠後の山城を歩くか・・・ですね。
法縁はさすがにマスク必携になるでしょう。
扨、小笠山砦のある小笠山山塊。
高天神城は大雑把にこの山から海側に派生した山にあります。
城の防御性として周辺は比較的平地になっていますがその外側北西東は山々と台地が、南は遠州灘と大軍を動かすにはなかなか難しく思考を巡らせたでしょう。
信玄も勝頼も東側海寄り相良から塩買坂に。そちらにまずその旗を差し掲げてから海廻りに南下迂回して追手門に迫ったのでしたが、東海道直近の北側からの侵攻は避けています。
その北側の山系こそが小笠山です。
その山塊から東側に延びる比較的なだらかな場所の南北を通じるには風吹峠の通過が必須になります(場所はこちら)。
元亀から天正年間の地図にその風吹峠の風吹砦の存在をうかがえますが、まず大軍を移動させるのは困難だったでしょう・・・
現在の風吹峠には二車線の道路が通っていますが、かつてのその峠道の通行難儀について記された掲示板があります。
その下側には道路開削以前に掘られた隧道が遺されています。
今は、おばか?な人たちが肝試しにやって来て「でた~」といった作り話で時折盛り上がっているくらい。まぁ地元の人たちではないでしょうが。
最後の画像が「さぁ登ってみようか」という趣向の方が取付けそうな開口部。
まぁ道路開削もさることながら、この手の砦は先般記した芳峠砦の如く、「ワケわからん」荒地になっていることは想像に難くなし。私はチャレンジしたことはありません。
尚、隧道は通過できません。











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