桜田門から法務省 旧上杉屋敷 岡部板倉の碑後日談

昨日は息子が東、私が西へと別れそれぞれ承った法縁に赴きました。

開始時間はそれぞれ午後6時、「帰宅は8時頃か・・・」などと言いながら寺を出たわけですが、その帰寺時間はまったく2車同時でした。バイパスの私のスグ後ろを彼が走っていたのでした。

 

天竜川を渡ったあたり、下り車線は2か所で事故渋滞していましたが、それを見て背筋が凍る思い。微動だにしないような渋滞でした。

タイミングが悪ければそれらに巻き込まれて最悪遅刻することになりますからね。遠方の会場の場合、特に注意が必要です。

要はかなりの余裕をもって出立すればいいのですが・・・

 

昨日は1時間半前着到を目標に会場へ。控室に本を1冊持ち込んで読書の時間にしていました。

ちなみに私のお伺いした「西方の故人」は大正生まれの103歳。奇特なことです。

その御年の方とお会いできただけでも仕合せな思い。100年とは・・・想像できません。まだまだ未熟です。

さすがにその元号はもう耳にすることはないかも知れませんね。私が小1辺りの頃「父が慶應だってよ・・・」とその元号を珍しく言っていたことが想い出されます。

 

出立前に例の件小言を入れた掛川市の遺跡調査の係の方から連絡がありました。

要は「数日中に案内を掲示する」というものでしたが、全工事の終了は来年3月の中頃とのことでそれ以後あの「岡部・板倉」は戻って来るとの事。

 

扨、半蔵門ミュージアムからの皇居外周反時計回りで静嘉堂まで半周行脚した件を記しましたが、途中の寄り道は法務省に。

ガッチリ警備が厳しい場所ですし建物外観のみ。その中には興味なし。

門前ではあの宗教法人をはく奪されそうになっている団体が街宣活動をしていましたが・・・。

そちらが上杉家の屋敷跡になります。

 

国会図書館に周辺の図絵がありましたので参考までに。

①桜田門。同広重、③~⑤は出版者に蔦屋吉蔵の名が。