寛永寺 綱吉霊廟勅額門 お磨きは息子主導で

昨日朝方は強めの風が吹きまくっていましたが前夜の大荒れの天候は回復しました。

朝のとりあえずの仕事は排水溝に詰まりまくった落葉のクリーニングから。

そして本堂の板戸を開けてからしばらく、奥方から「イタチごっこ否ネコごっこだなぁ・・・」と。

えっまさか?と問えばあのキイロシロが「障子を突破した」と。

あまりの風の強さに退避場所を本堂に求めたか・・・

最近はプラ系の障子紙を貼ったせいで私は勝手に安心しきっていました。それらに巧みに爪をかけて上部の従来の障子紙を突破していました。

よってしぶしぶ強風の中、一枚だけですが修復作業を。本堂内部からも風が抜けますので作業はイライラ蓄積。

昨日は本堂でお磨き、会館で法要の予定がありましたので朝からてんてこ舞いのところに拍車がかかってしまいました。

 

御磨きは息子が主導になって本堂に詰めてもらい、私は会館に。奥方はその両方に行ったり来たり。一番大変だったでしょうね。

その法縁が終わった辺り、庫裏に私が着替えに戻ると訃報の連絡が。

それからまた、いつものあたふたが始まったわけですが、ご自宅での枕経が終わり日程の調整も済んで最後の段、まず葬場の時間の決定がそれて帰寺するのですが、何と4日の火葬場の予約が満杯だといいます。

未だかつてそのようなことはありませんでしたからまったくもって、たまげました。

大抵は朝いちばんか午後の回は空いてるものですからね。

というわけで5日に繰り延べされたのでした。

その理由は不明。理由など無いでしょうね、ただの偶然。

 

扨、先日記した寛永寺周辺の散策。目的はこちら、将軍家墓域ですね。

まぁ、そちらを眺めることはできませんが、この綱吉霊廟勅額門と石垣を。

 

同じ将軍家墓域がある増上寺は拝観料を徴収して公開しているのですが、こちらは非公開。

私は一般墓域の手前に乱雑に放置されている⑦~⑩の様を見て「なるほどね・・・」。

中は相当痛んでいて拝観に応えられる状況にないのかも。

 

⑪⑫はお磨きの前にスタンバイする息子。

まだこれの3~4倍の品物が控えていますが全てを磨き上げるのは無理。