定信の茶さじ 鹿児島空港 静嘉堂にヤラれる 

朝方の強めの西風には心地良さを感じました。

昨日の日が変わった頃合いにざぁ~っという具合に雨が降り深呼吸の空気もうまい。

午前午後2件の法縁ダブルヘッダーの天はクリアな青空。

白い濁り一つありませんでした。

夏に逆戻りの感、ツクツクボウシが一人ハリ切って声を響かせていましたが、彼ら最期の競演でしょうね。

その後、空には徐々に秋の雲が沸き出してきました。

ただし天気予報ではしばらくは夏の「残り火」が続くとのこと。私は晴れていさえすればそれでヨシ・・・なのですが。

 

昨日一昨日とトーキョー行脚について記しましたが、その目的は東博内3館+α(常設館)そして1寺、また2ミュージアムへという美術館巡りがその目的でした。

その中で予想外、唖然とさせられたこと。

まぁトーキョーなど歩けば驚かされることばかりの連続ですが。

 

コンクリートジャングル歩きで万歩計23000歩超えについて記しましたが、それは偏に余計な歩きが多かったことに相違ありません。山城も道を間違えることはザラですが。

あの時は「奥の墓道」氏の切なる要望「曜変天目をこの目で」に同調したからです。

それをトーキョーで拝観できる静嘉堂文庫美術館にその日の最後の予定に入れました。

その直前に訪れた半蔵門ミュージアムから徒歩で皇居を半周するというコース、私も訪れたことのなかったその静嘉堂行脚は賛成でした。

車ですと駐車に難儀する場所ですからこの機会は都合よろしきこと。

 

しかし途中であっちこっちと寄り道しながら、そしてそもそも現場周辺に辿り着いても静嘉堂美術館が見当たらず、焦らされたのでしたが要は明治生命ビルのことだったわけで。

奥の墓道氏が、辿り着いたその美術館の受付で支払いを済まそうとしていたその瞬間、私はその注意書き文言に目が入りました。

それが「*本展では「曜変天目(稲葉天目)」の出品はございません」でした。そのサイトにも小さく欄外にそれが記されていました。

彼の後ろから「ストップ」の声をかけたわけでしたがヤラれましたね。大いに脱力「また来ればいいや・・・」「しかしそれはいつ?」。

半蔵門から地下鉄利用すればそれほどの疲れはなかったのかも。

 

扨、相良史蹟調査会の茶道の先生がこの夏、鹿児島で催された茶会に赴いたそうです。

そこで相良人、静岡県民をがっかりさせまた、挑発するような文言に出くわしたとのこと。

ご存知の方もいらっしゃるかと思いますが、鹿児島茶の発祥支援は相良やぶきた茶。鹿児島茶創成期にその苗を鹿児島に「よろこんで」送ったといわれています。

今やその逆転現象を目前にしているわけですが、皮肉といえば皮肉。人間社会にはその二文字はありふれているのでした。

 

②はその茶道先生の保有する茶笏。

松平定信御縁のものといいます。

 

しかし拙ブログでも記していますがその松平定信については大河ドラマの演出ではありますが、いよいよその人物のケツの穴の小ささ、私怨を引き釣り続ける小物ぶりが強調されてい、いよいよ白河と相良の仲直り演出の話題に苦虫を潰している私がいます。

それはあくまでもお役人が商売につなげようとの意図。

まともにつき合っちゃあいられませんね。気分が悪すぎます。

 

茶さじのその文言。「むらがら春(す)」。

叔父によれば「春=す」は万葉仮名由来の江戸期の変体。

ちなみに

「す」 

万葉かなに登場した漢字

爪、主、次、足、双、秀、鬥、周、首、寿、宿、為、素、衆、輸、種、数、寸、村、朱、珠、殊、酢、酸、駿、栖、酒、 須、 、渚、州、洲、春、 春、淑、需、儒、修、巣、樔、取、諏、芻、蘇、簾、簀

 

江戸期にその数を絞る目的で採用を推奨された漢字

寸、春、須、寿、数、爪、受、洲

 

ひらがなの「す」 に採用された漢字 → 寸              

 

カタカナの「ス」 に採用された漢字 → 須