遠方の御門徒さんからの墓じまいの依頼対応で石屋さんとその墓石の確認。主たる施主は宮崎県在住の方です。
本音としては直接交渉していただければ有難いのですが、致し方ないことですね。
昨年、縁者皆さまが集まった際その墓じまいの件を伝えられていましたので、私はその墓石については承知していました。
しかし施主と石屋さんとは直接面談して交渉をしていません。
墓石について「コレ」と指示したわけではありませんので、100%の確証を得るため画像を撮影し、最終確認をして石屋さんの見積もり書を発していただくアシストをするわけです。
間違った墓を壊したりすれば酷いことになりますからね。
このド田舎の寺、人々は外へ外へ、そして戻ることはありませんね。
墓標には「天明六 波津村~」とあり、そこから相良横町に住まった家系です。相良でも比較的古い家で田沼意次失脚の頃にまで遡りますね。本当に残念な事です。
その石屋さんは牧之原でも特に有名になってしまった「細江」から。
お会いして第一声「ひどい目にあった・・・」でした。
「国内最大級の竜巻」といわれるその直撃は免れたものの作業場の屋根が捲れたといいます。
しかし例の榛原病院裏の道より山際住宅地からすれば「大したことがない」レベルだと。
石材業ということでお寺のいろいろ、承知しているようで牧之原の偉人カテゴリーの一人、作詞家「藤田まさと」の墓がある照国寺が「相当痛んでいる」とのことでした。
昨日は三河順成寺の再建に尽力された総代の竹内氏からご一報をいただきましたが、寺というもの、たとえ少々の修繕であっても多くの資財の投入が不可欠であって、一大事業になりますからね。
降ってわいたような災難、どうすることもできませんが何とか以前のような姿に復旧していただければと思います。
同地区檀家さんも相当数痛んでいるよう。
異常な天変により、突発的不運を被った皆さんたちですが、ここはただただ気張っていくしかないでしょう。
また相良横町在住の細江小学校の教頭先生のコメントをテレビで視聴しました。相良からも縁者宅の片付けに出向いているという話が耳に入っていますが被害の無かった相良の皆さんも何かしら動いています。
ただし拙寺周辺にある公民館辺りからは今週末に催される祭典のお囃子の練習の音が聞こえています。細江関係者からすれば少々「能天気」とも思われるかも。
「榛原大変、相良悠々」の図。
扨、「道の駅したら」の裏、豊川は川遊びの場、人々の清涼処としてあることを記しましたが、奥三河の山々には谷を削る河川が多く流れ、やはり地元の人々の憩いの場になっている地が所々に点在します。
漁協管理(鮎の漁場)の地を除き、それら河川の事を「瀬」あるいは「淵」と呼んでいます。
所により地元の管理者が存在し、瀬道の草刈りや降り道を整備しているそうで、自らの憩いの場としたり、子供達を遊ばせまた、他者に貸しだすなどの関係もあるとのことです。
ということでよそ者が勝手に瀬に入りこんでザブンという具合にやれば「あんた誰?」ということになるやも知れず。
瀬にはそれぞれ特色がありリスキーな場所を熟知しない家族連れなどの事故が時々あるようです。
画像は257号線、名号碑を右に見て設楽町中心部から473号線に入って東栄町へ。
大千瀬川と御殿川が交わる辺り。
御殿川という名もそうですが千代姫橋という名は何やら由緒を感じます。
橋の下を覗きたくなるのが人情というもの。
海水浴ならぬ川遊びのプライベート空間でした(場所はこちら)。




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