一応風が吹き、外は意外と涼しさを感じましたが、本堂内、法要準備をしていた奥方は「まだ生ぬるい!!」と。そういえば温かな風でした。
堂内のお参りの方々に私は「暑いよ~」と脅しをいれていたせいか(扇風機3台稼働)終了後「それほどでも・・・」と嬉しい言葉をいただきました。まぁ温風機ですけれどね。
私は苦痛悶絶と「一刻も早く帰りたい」の気持ちを感じたくなかっただけですが。
先日、ご自宅の解体工事につき私がお内仏の閉扉式を行いましたが、昨日施主と話す機会がありました(電話にて)。
その代用のお内仏は拙寺の本堂の片隅に「どうぞ~」という具合に置かれていたもので1/10程度の大きさに変わってしまいます。勿体ないというか心残りでしょうね。
その方は最近の絶不調に陥ったことを語っていましたが、それは長年家に伝わってきたお内仏その他いろいろを処分するにあたって、色々考えることばかりが増え、帯状疱疹が現れて顔が腫れあがったとのことでした。
あの病からはストレスと免疫力の低下をイメージできますが、その方の重ねたご苦労を思うと、その病気の発症は尤もなことだと思う次第。
現状少しずつ良くなっているとのことで一応の安心を得ましたが。
そのお内仏周辺を(私が)再探索し「残せるもの使えるもの」を今一度ピックアップ確認して欲しいとのことでした。
いよいよあの黄色の建物、小堤山からもハッキリそれとわかるランドマークが消えることになります。
寂しい話しか聞こえてきませんね。まったくこの街からは・・・
その話になると奥方は例の「どこで産むの?」の疑問を。
産婦人科医院が消滅し「気軽に子供が産めない」の件です。
息子夫婦は今回、浜松聖隷にてそれをお願いしたわけですが、息子の子は出て来る際と出てきてからしばらく相当リスキーな状態だったといいます。
そこの病院には私どもも数度顔を出していますが何といってもそのスケールの大きさ、すべてにおいて充実したシステム(医療)を目前にさせられてわけで、小型の民間産婦人科では太刀打ちできさそうなものではありません。
スケールメリットなる言葉がありますが、まさにそれ。
あれでは「撤退した方がマシ」になるのかもしれませんね。
緊急性への対応力について奥方は特に評価していましたが、ヤバくなってから紹介状を書かれて慌てて転院となるのではやはり辛いし不安になりますからね。
先日は愛知県の東栄町東栄中学の校長先生と話す機会がありましたが、先生のご家族もたまたまその「浜松聖隷に・・・」お世話になったとのこと。
東栄町から新城市まで最短30分で行けるそうですがそちらにも産院はなく、やはり浜松のそれが安心だったよう。
その予兆をギリギリまで待つのではなく余裕をもって数日前から病院近くにスタンバイすることで対応するそうです。
私たちは「安心」を得るためにできることはするというスタンスなのですが、政治屋さんたちは日々保身に走り回る勢いのみを感じさせてくれています。
「一所懸命」とはその地に定住するにあたり「安心」を求めるもの。安心して子供を産んで安心して育てることができること、そこに立ち返って「政」を行って欲しいものです。
与えられるものといえば「不安」ばかり。
たとえば浜松聖隷並みの施設を近隣市町村合同で運営し、そいういった病院に国からも支援する・・・そしてそれを全国的に・・などですが、夢のまた夢なのでしょうね。
国民のカネをくすねるために懸命になっている姿は感じます。
画像は、昨日記した松平郷、梟ケ城の登城口の丘の上に建つ真宗大谷派の教恩寺。
同派のお寺がそこにあるからにはお参りせずにはいられません。
堂内合掌の後は境内作業中のご住職とクロネコにご挨拶。
ネコは人見知りがキツイようで。
⑦はお寺の境内からお向かいの丘を。
⑧はお向かいの駐車場に戻る途中お寺の丘を振り返った図。
こうやっていろいろな人たちとの出会いに恵まれるのは阿弥陀さんのおかげであるとつくづく思わされるのでした。
いずれ東栄町いろいろについて記させていただきます。
コメントをお書きください