ガザの惨状「いそぎ仏になりて」の思い 聖徳奉讃

山門入ってスグの松の剪定の残りをようやくやっつけました。イイ加減な仕事でしたが、ずっとそのもやもやが心に残留していました。

見れば葉先、今年出た新芽部分が茶色に変していました。

どうやら降雨無し日照り続きで末端まで水分が届かなかったせいかも知れません。先端部は日照がキツそうですからね。

 

また鐘楼裏のクスノキはかなり痛みが進んでいます。

昨年以来、枝先の枯れが進んでかなり棒切れ化が進行。

見苦しことこのうえありませんので今後の課題となりますが、下に鐘楼の屋根がありますので慎重さを強いられます。

その仕事は風の無い安定した天候という条件が必須ですので、まごまごしているとあっという間にチャンスを逸します。昨年がそうでした。

 

門の外からは風が吹き込んで秋の雰囲気を漂わせていましたが来年も今年同様「極めて暑い」という夏が訪れるのでしょうか・・・。

秋の台風シーズンを迎えることになりますが、それを考えれば尚恐ろしいことです。

おそらく世界的な温暖化の危惧は確定的。

「そんなものはナイ」と豪語するアメリカの大統領殿の権威が消滅してからでは遅すぎる。

 

天変異常は植栽もそうですが農業生産に支障をきたすことは必至です。

たとえば事情はそれぞれ違うこともあるでしょうが現状コーヒー豆の値が跳ね上がって喫茶店の経営が崩壊寸前といいます。

また多様に物価高に反映されてきますので、私どもがいつも期待している「これまで通り」とは行かなくなるでしょうね。

それでいて我が静岡の名産、緑茶の値は下降傾向というのはいかにも皮肉です。

 

昨日の大河ドラマでは天災飢饉によるコメの高騰、食糧難による人心の混乱が描かれていましたが、今その画像はパレスチナ、ガザの報道でうかがい知ることができます。

まったく酷い有様で「そんなことがあっていいものか」と私どもの無力というものを改めて知らされます。

 

小さいころから父親にアウシュビッツの悲惨、人という者の行いについて重ねて聞かされていましたが、歴史はそれも皮肉、今彼らがその悲劇をガザの人々に降り注いでいます。

国連は「飢餓状態」の表現をしてイスラエルの暴挙をやめさせようとしていますがイスラエル首相はそれを否定、自前の身勝手論理を展開するばかり。

私のユダヤ、イスラエルという国への考え方はここへ来て変わりましたね。

 

しかし世界の大多数はそのような彼(ネタニアフ)の理論はまったく信じていません。

ガザの街区を瓦礫と化して更地に。占領支配したのち先住アラブ人を追い出して新たなイスラエル人入植者を入れるといういわゆるズルい領土拡大を公然と。

そして将来のリスクとなりうるパレスチナ民間人もついでに抹殺してしまおうという魂胆が見え見えです。

その異常な自身あるいは自国民の幸福のみを追求しつつ、他方の不幸のどん底を省みない「人間」というものの極めて露骨で見苦しい様を見せつけられているというのが彼の地の出来事です。

 

それもこれもアメリカという超大国の後ろ盾あっての悪辣なる振る舞いなのでしょう。

持てる者、持たざる者の格差は広がるばかり。

望みとしてはパレスチナを国家として承認することが一番なのでしょうが・・・

しかしアメリカ(トランプ)忖度第一を旨とする日本にはできないのかもね。

 

まず、非戦や平和の文字を毎度綴っている私ども日本人はあの国のガリガリにやせ細った子供達に対し「何もできない」ところと、「かわいそう、気の毒」をただ思うだけの無能を立ち止まって考えるべきですね。

そういう私もただここに記すのみなのですが。

仏になって自在に救済に向えることができればいいのですが(歎異抄四条)・・・南無阿弥陀仏。

 

画像①は三河本證寺(江戸期迄拙寺の親寺)の親鸞聖人85歳の時に記した聖徳奉讃の一。

 

長者卑賤ノ身トナリテ 経論仏像興隆シ 

     比丘比丘尼トムマレテモ 有縁ノ有情ヲ救済セム

 

聖徳太子といえば「和を以て貴しとす」でお馴染み。 

「十七条憲法」を制定されましたが祖師親鸞さんは生涯にわたって聖徳太子を讃嘆されました。真宗寺院には100%その像が掲げられています。

 

仏縁のある私ども(持つ者も持たざる者すべて)そして僧・尼僧が尊敬されてもされなくても・・・「救い」があるという確信、我らは「南無阿弥陀仏」と歓んでいます。

 

キリスト教(特にユダヤを後押しするキリスト教福音派)にもその手の思想が充満しているのだと思いきや、他宗(イスラム)をせん滅してでも自らの利益を求めようとする「人のこころの闇」というものがあることがわかりました。

そもそも差別的な旧態以前の保守的と思っていましたが・・・

 

そういえばイスラムには「目には目を~」という有名な言葉がありましたね。

親きょうだい子供まで殺されて、それ(目には目)を「いつかはやり遂げてやる」の心、虎視眈々が少なからずあるでしょうから、力のみで制圧しようとする今のイスラエルのやり方に将来に本当の平和などはまず訪れることは難しいでしょうね。

「人間の心の闇」はどろどろで深淵なるもの。

 

②は親鸞さんの記した名号。ご本山の所蔵になります。