呆然錯乱 仏間の違い棚 丸尾月嶂襖戸袋戸の中

曇天ながら風もなく比較的暖かい一日でした。

先般の羽田空港の日本航空×海保機の航空機事故以来、耳にする事が多くなった「スイスチーズ」。

事故をそのチーズの穴に喩えるものです。

切られた複数のチーズをランダムに並べて、チーズに棒(リスク)を通すことはまずできません。それをリスクをシャットアウトできたと考えます。

そのたくさんの穴を塞ぐことができる安全対策が施されて物事は運営されるわけですが、たまたま何かのタイミングで「穴」が重なれば刺した棒が通り抜けて重大事案の発生となるというもの。

これは幾重にも安全対策を重ねて徹底的に「穴」を塞ごうという考え方です。

 

その「穴」には色々な種類があり、また人間なるが故のヒューマンエラーが付いて回るものです。

先般の事故の原因とも言われるものは「錯覚」「思い込み」等でした。

「予期せぬ出来事」は普通にまたぞろ遭遇、今生かされている私たちがあるのですが、要はそれらたくさん、溢れるほどある自らの「お頭のリスク」を自認し変てこな自信を捨てることがポイントでしょうね。

人の「自信」などいい加減。「人事を尽くして」の「人事」「想定外」の「想定」など結局「人」のやることであってまた個々の違いがあるのでした。

あるべき姿は「絶対に私はやらかす」を念頭にちょっとした臆病ともいえる慎重躊躇でしょうか。

しかしそれでも毎度毎度やらかしますからね。

それこそが「人間であると」私は開き直っていますが。

またそれを開きなおってはイケない仕事もあるわけで。

 

扨、画像は拙寺の予期せぬ出来事。とはいえ、緊急性はないとみてこれまで放置していた庫裏内。

発見したのは昨年10月頃でしたが、やらねばならぬ事が目白押しでこれまで知らんぷりを決め込んでいました。

 

こちらは庫裏仏間の袋戸の様。上部の壁面が崩れて袋戸天井を突き抜けて堆積しています。

この4枚の小さな引戸は丸尾月嶂のものでそれを開けた際大いに慌てさせられました。

 

30年近く前に庫裏北側を先代がどちらかの工務店の言うがままにサイディングを行った箇所ですが、その当初私は「それは表面上の化粧壁であって内部のババ隠しに他ならず」と父に忠告していたものです。

やはり外側からその状況の一端も事前に気づくことがなく内部崩壊をしていたということですが気づいたときはあまりの酷さ。詳細の確認には外のサイディングを剥がしてみなくてはわかりません。大工事になってしまいます。

 

とにかく「とりあえず」の作業のみですが、その袋戸の崩落土壁の撤去と袋戸スグ上の天井のみの板を貼り付けようとチャレンジ。

壁が崩れていても外壁のサイディングがありますから雨の吹き込みはあったとしても微小であると勝手に判定。

 

ということで昨日は奥方と二人がかりでバケツ7~8杯ほどの壁土を掻きだしました。奥方は以前土蔵の中の掃除で発症した肺疾患について思いだしたようで「また通院させるのか・・・」とやれやれ感満載。

 

暖かい日で半袖になって埃だらけになって苦闘しました。

結局この日での完成はムリでした。

夕刻には熱い風呂にざぶんと入っておしまい。

丸尾月嶂の戸の代りのものを用意して退避させておくことも考えなくてはなりません。

 

そして庫裏の耐震? 家が崩れたら・・・あの土壁を浴びまくる程度ならOKのレベル、そして梁・柱に瓦が落ちてきたら・・・

まぁ「その時」なのでしょうね。

古い家のリスク・・・わかっていてもなかなか・・・。

たった一つの「穴」なのに。

 

 

コメントをお書きください

コメント: 2
  • #1

    小山昭治 (木曜日, 11 1月 2024)

    ひどい有様ですね。放置期間が長いと言えば長いけど。
    取りあえず、どうにかすべき。
    雨風だけでもしのぎたいものです。
    こういうことは、総代に相談するというわけにはいかないのですか。

  • #2

    今井一光 (木曜日, 11 1月 2024 17:44)

    ありがとうございます。
    庫裏の維持は至難の連続です。
    あっちこっちとボロが出てその度ごとにインチキ大工の登場となります。
    それはそれで楽しみにもしています。
    天命に安んじて、のらりくらりとすごせればそれでOKです。