朝の風ビュービューと寒さは外に出て新聞を取りに出るのもイヤになるほど。
とはいえ他所のバカバカしくなるような(失礼・・・)雪景色と難渋を伝えるその様子からすれば大違い。
これでも毎度お気楽をさせていただいての放言次第。
午後からはお寺の寄合で掛川方面に向かいましたが車でもってささっと行って帰ってこられるどお気軽な地ですからね。
大人しく家に居ればスタッドレスにチェーンそして在宅でも雪下ろしの労力などあり得ません。
欲だらけで申し訳ありません、風さえ無ければ・・・
しかし何かの記事で目にしましたが通常冬季で18℃から20℃の空間が健康のための推奨温度とのこと。それはなかなか難しい。
低体温症なる語は熱中症に対する語とはいいますが、なによりも低体温症の方が件数も多く、また特に自宅内で起こるといいます。我慢しないで温かくすることが冬の健康の秘訣の様。
5℃近い堂内で白い息を吐きながらのお勤めはストレスが溜まるわけです。低体温症も命に関わるといいますからね。ますます家にいて温まりたい。
命に関わるといえばダイハツの車、酷い有様ですね。
1989年からずっと、そして全部で174件も指摘されているところも笑うしかありませんが何より社長さんが「ダイハツ車に乗って大丈夫なのか」の質問に「安心して乗って~」くらいのニュアンスでサラリと言ってのけた事には驚きでした。
安全安心のためのチェックをインチキですり抜けた事案について今指摘されていますから不安になるのは当然の事ですしその明確な返答ではなかったということ。まぁ、まさか「怖くて乗っちゃあいられない」とは言えますまい。
日本のデカい会社の社長というもの、結構に「バカなの?」と首を傾げさせられるところを見てきましたが人は齢を重ねつつ偉くなるとやはりそういった結末を迎えるのか・・・と少々納得。
ダイハツの不祥事は「社風」との表現が第三者委員会の評価にありましたがそういえばENEOSホールディングスの評価も社風ということなのでしょうかね。
その大企業さんの社長さんは2022年にセクハラ辞任、そして次の社長さんが先日またセクハラ辞任。
凄い、凄すぎる大会社のシャチョーさんたち。
まさに社風そのものなのでしょうね。
火が付いたら止まらない・・・さすがエネルギーの会社らしい。
自身コントロールが効かないというところはスケールが断トツに違うようで。
ダイハツはこの新年の初売りイベントがパーでしょうね。
販売が停止させられています。
出回っている車両のリコールも当然のこと、以前の車両事故など原因探しの再掘り起こしもあるでしょうね。
ある方が言っていました、スズキがその分やたらと忙しくなって「休日返上」などというのはかなわない・・・。
ダイハツと言えば昔のミラの宣伝文句「サイパンじゃ~ 美人~」なる今では差別用語とも思える言葉があったことを思い出しますがそういうニュアンス漂わせるPRがまかり通る風土にこそ測り知れない高慢があったということでしょうかね。
さすがにその辺りの事案はギインさんへの献金ではどうにもならなかったのでしょう。
私ども庶民があずかり知らぬことばかり。
扨、昨日は歎異抄一条について記しましたが巻末の付録「流罪記録」を。1207年の「承元の法難」です。
親鸞さんが風聞によって流罪となり法然門下の弟子が死罪となった件、いわゆる親鸞さんが自らを非僧非俗「愚禿親鸞」と名乗るに至ったそのきっかけ。
後世ではそのことがあったからこその本願寺浄土真宗の成立に繋がったといういわば親鸞さんの「PTG心的外傷後成長」的インパクトです。
それではその付録「流罪記録」を。
「後鳥羽院の御宇 法然聖人 他力本願念仏宗を興行す
ときに 興福寺の僧侶 敵奏のうへ 御弟子のうち
狼籍子細あるよし 無実の風聞によりて
罪科に処せらるる人数のこと
一 法然聖人ならびに御弟子七人 流罪
また御弟子四人 死罪におこなはるるなり
聖人(法然)は土佐国幡多という所へ流罪 罪名藤井元彦男
生年七十六歳なり
親鸞は越後国 罪名藤井善信 生年三十五歳なり
浄聞房 備後国 澄西禅光房 伯耆国
好覚房 伊豆国 行空法本房 佐渡国
幸西成覚房 善恵房二人 同遠流に定まる しかるに無動寺の
善題大僧正~慈円~ これを申しあづかると云云
遠流の人人 以上八人なりと
死罪に行はるる人人
一番 西意善綽房
二番 性願房
三番 住蓮房
四番 安楽房
二位法印尊長の沙汰なり
親鸞 僧儀を改めて俗名を賜ふ よつて僧にあらず俗にあらず
しかるあひだ 禿の字をもつて姓となして 奏聞を経られをはん
ぬ。かの御申し状 いまに外記庁に納まると云云。
流罪以後 愚禿親鸞と書かしめたまふなり 」
さらなる締めの語に蓮如さんの「閲覧注意」的な付記のある蓮如本があります。
右この聖教は 当流大事の聖教となすなり
無宿善の機においては 左右なく
これを許すべからざるものなり 釈蓮如
確かに見る人が見ればヤバいかも。
親鸞さんの恨み忘れまじの如くの心境がわかりますからね。
尚、二位法印尊長も後鳥羽院も承久三年1221にあの辛辣を味わ
うことになりますがね。
やはり「やったらやられる」か・・・。
尚上記住蓮房と安楽房についてはかつて拙ブログにて記していました(こちら こちら こちら)。
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