昨日夕刻に来客があってから思わぬ長話となったため、大河ドラマはいつもの「流し見」の視聴すらありませんでした。
その長話の内容は一言である夫婦の悩む家族の件。
義父と嫁の関係の悪さ その嫁と夫と息子 そして同居する嫁の母と息子の嫁 別居する夫のきょうだい 息子の嫁の家族。複雑に絡み合いつつそれぞれの「後生の一大事」についての心配の件。「自身の骨を拾ってくれるのは誰か・・・」含めて。
血縁者と他人とでは血縁者の方が尚更問題が複雑化することはよく知られているところですがやはりそのパターンいろいろですね。
聞くのみとしたいところですが、私の意見は漠然ながら「一番大切なものは何か・・・」について念頭に置き決してそれは忘れてはならないと。「離縁」の声も聞こえていました。
その時、私がその夫婦に囁いた言葉が表記、「親子は一世 夫婦は二世 主従は三世」でした。
まぁ息子夫婦のことよりも夫婦の大切さを言いたいばかりにその語を持ち出したのですが、古い時代にもて囃された考えですから時代錯誤と一蹴されても仕方がないところ。
扨、先日私が映画のロードショーに出向いた頃、叔父夫婦は文楽の菅原伝授手習鑑の観劇をしたところだったようでした。
拙寺には「梅王丸」という名のネコがいますが、それはその物語に登場する三っ子の兄弟の一人から取ったもの。
他の二人が松王と桜丸ですね。その物語の重要な役柄です。
その桜丸が自害するワケですがその際もその「親子は一世 夫婦は二世 主従は三世」の詞が登場したとのこと。
その言葉についてその思想こそが信玄や家康の脳裏にあったことはまず違いないところ・・・というのがその時の叔父との会話でした。
それぞれの長子、武田義信と松平信康への処断の謎ということになりますが、その語は昔から言われ続けられ繰り返し摺りこまれた言葉ですからイザという時にはその方向性はありうるというのがその結論。
尚、「主従は三世」と最重要の強調ですがこれは単純に主従関係というものだけでなくこれこそが「家の存続」~現在 過去 未来(永劫)~であるというところ。
家康は一世、二世ではなく三世(未来)の重要性を選択したといえるのかも知れませんが当時としてはまさにそれが適切な判断だったということでしょうか。
画像は菅原道真を祀る北野天満宮。
そして菅原道真の母を祀る伴氏社。「親子は一世」といえどもその母あっての天才菅原道真がありました。
石鳥居は鎌倉期の逸品。
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