弾正左衛門 西郷頼嗣 西郷信貞 の墓 岡崎大林寺

暑いから、危険だから・・・と毎度御託を並べて外仕事が捗りませんね。

放置状態の静波墓園も気がかりで、奥方を誘うも「涼しくなってから~」の一点張り。

あちらは伐採した物を回収しなくてはなりませんので、役割分担、人手が必要なのです。

そして昨日は奥方が袋井方面に所要があるということ、私もそちらについでの用がありましたので同行しました。

要は汗だくになり、蚊に食われて、時に蜂に刺されて・・・雑用をしたくないということです。

これからどんどん寺は荒れていく・・・

 

門前の街灯が完全に壊れて夜間、真っ暗。

蛍光灯のプラスチック製電極部分が劣化してボロっと砕け落ちていました。

よって蛍光灯の交換レベルではなく、全交換。

以前なら、「私が・・・」とも考えるところですが、檀家さんの電気工事屋さんにLED街灯を2つ注文、工事の依頼をしました。

季節が違っていたら私が着手したのでしょうが。

面倒ですので機種等「おまかせ」ということで。どんなものが付くのだろう・・・不安と期待。

 

さて、昨日の大林寺の墓域の続き。

廟には清康-広忠父子と清康の妻春姫(於波留)の墓がありましたがその春姫の父が西郷信貞で墓域の中にその人の墓があります①②③。

一石五輪塔の残欠が2つ重なっていてやたらと背が高くなっていますが、まぁそういうことで・・・どちらかの時代でセット、それが正解であると伝わるパターンです。

 

松平氏が西三河覇権端緒、岡崎ベースに台頭するにあたり、当然にこれまで岡崎にいた西郷氏との競合となりますがその「西郷氏→松平氏」の過渡期を表す縮図がこの墓地に見ることができます。

 

家康の「名家好き」というところ知られていますが名門三河守護の仁木氏の守護代にあった西郷氏の名跡を家康の祖父である清康あたりもうまく利用しようとする意図があったか、西郷氏を温和に吸収することに成功しています。

相手を壊滅するために「侵略」していけばたとえ勝利を得たとしても損失と痛みを伴いますから。

そこで調略そして相手の「家」との姻戚関係の構築をするというのがスジになりますね。

西郷氏からすれば滅亡するよりは相手方「分家」とはなるものの娘を出して縁戚関係にしてしまうというのも得策です。

 

よってこちらでは西郷信貞の名で通っていますが「松平昌安」の名のりも。

彼は一線を退いて大草の地へ(大草松平家)向かいます。

 

そして西郷頼嗣の墓も。

こちらもオカシな形です。五輪塔の地輪部分が宝篋印塔の笠が代用されていますので体裁を整えようとした意図が。

 

松平家と西郷家の家系で歴史の中の曖昧な部分がある頃・・・その西郷信貞の父であるという説もある人です。

西郷頼嗣については拙ブログにて岡崎城清海堀で記していましたが岡崎城のあの堀は北にあった松平を警戒しての堀であり、詰まるところその松平によって奪取されたということになります。尚、お寺の掲示板にはその「清海」の文字は見えませんでした。

 

そして赤穂浪士の矢頭右衛門七教兼なる人の五輪塔も。

歴史あるお寺ですが戦時下の空襲で破壊されたことを上記石仏の状態を見ても察することができます。

 

 

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コメント: 2
  • #1

    岡本 宏恵 (火曜日, 07 4月 2026 17:38)

    はじめてブログを拝読させて頂きました。発端は西郷信貞を調べる為でした。
    わが家は愛知県豊川市で代々何百年もの間、西郷の局の実家であることが言い伝えられて来ました。私は嫁の立場で
    あまり差し出がましいことは控えておりましたが、様々な説(掛川説が定説)が言われて来る中で、積極的に調査し始めることにしました。家康と共に関東に移動したとされる西郷氏について疑問に思うこと多々ありまして、こちらのブログに辿り着くことが出来、嬉しく思います。
    先ずは三河西郷氏について知りたいと思います。
    今回の記事はとても参考になりました。一度機会を作ってお墓参りに行かせて頂きたいです。
    西郷の局が家康の側室となり、秀忠が将軍となった辺りから居住場所の方面より、親を名乗る者が多数出現したようです。そのあたりからでしょうか、関東の西郷氏(?)との関係も不自然な記録があったりして、一時頭の中が混乱したりしました。
    気を取り直して、先ずは岡崎の情報から調査していくつもりですので、またお世話になることもあるかと思いますが、よろしくお願い致します�

  • #2

    今井一光 (水曜日, 08 4月 2026 20:40)

    ありがとうございます。
    「代々何百年」の語に「家」の古さが感じられます。
    たくさんの文書や由縁の品が伝わっているかと思います。
    「歴史」というものの古さには魅力を感じますが、それは往々にして
    混同、錯誤、恣意改変がありますので、多方面からの研鑽が不可欠になりますね。
    要は矛盾に突き当たってわからないことばかりの連続。
    のんびりと少しづつ真実に近い方向に進めるよう期待します。
    こちらこそどうぞよろしくお願いいたします。