蓮泉寺本堂に見る耐震対策 楽観主義者は長生き

ホントは梅雨は明けていなかったのでは・・・と思うここ数日の天気。空を見上げて恨めしや~。

週間天気予報を見てもこの先まさに梅雨の如く・・・が続くよう。

せめて盂蘭盆会法要の九日の土曜日は何とかなって欲しいのですがねぇ。

 

先日は長因寺の掲示板から楽観主義者「オッドボール」について記しました。掲示板の文言は「人生はネガティブで当たり前」でした。

そこのところ私は「ネガティブであっていい。阿弥陀にまかせるだけ」と解釈しましたが。

 

というのも人間すべてが楽観主義を崇拝しているのではなく、根っからの悲観主義・・・とは言わないまでもその楽観にはまず、なじめないという人もいるわけで、ただ単にその「楽観はスバラシイ」の主張と雰囲気がまかり通ったとすればそれら楽観にはなりきれない人の心を捨て置くことになりかねません。

 

お寺の掲示板はそんなところを伝えようとしているのでしょうが、ここ数年「楽観主義は長生きする」といった内容の記事が目につくようになりました。

「オッドボール」のキャラに好感を持って齢を重ねてきた私にとって何とも嬉しい論です。

「楽観的度合いの高い人はより長生きする傾向にあり、特に85歳以上の人には顕著である」というものです。

ネット上で「楽観主義者 長生き」の語で検索すれば出てきます。

 

また「ストレス」をストレスとして感じない精神、またはそのトレーニングも必要でしょうね。「今からでも遅くない」とも言います。

映画のキャラ「オッドボール」と言うとピンと来ないでしょうから、日本人のキャラクターで喩えれば「植木等」でしょうかねぇ。ノー天気は時に他人様に迷惑かけることもありましょうが、ある意味図々しさも必要かも。

また一つ自身の楽観主義は他人を悲観に陥れる・・・かも・・・などと少々思いがちになりますが(それで生かされてきた、きらいがありますので)まぁそれは置いておいて、皆が楽観的スタンスにあればいいのですから。

 

ストレスのない、あるいはストレスをストレスとして感じない、溜め込まない生活をおくることが肝心でしょうね。

ストレスは心の炎症です。

そのキズがじわじわと広がって大きなダメージに成長していくこともありましょう、そして肉体の変調として病が現れることもあるからです。

楽観主義は長生きの秘訣・・・何事もケセラセラということで。

 

さて、地震被災に関して。

それもさらりとケセラセラとは言いたいところですが・・・、しかしまたそれを深く考えても仕方なし。やはり「勝手にしやがれ」ですね。

 

これまでもどちらかで記していますが三河の寺を廻って気づくのは山門や鐘楼、そして本堂に設置されたつっかえ棒や補強材の色々。

 

石川台嶺の蓮泉寺の本堂にもそれが見られました。

山門や鐘楼にはありませんでしたが本堂のそれは正面ですのでかなり目立ちます。

左右の柱の補強にその補強の意図があるようです。

どちらのお寺もその対応は三河地震の教訓からなのでしょうが、私たち同じ東海のプレート上の端に居るのは同じこと。

拙寺にもできるだけ何かやって対応したいとは思うものの何をしていいのか。

 

鐘楼と門の柱に梁を入れるくらいなら私のDIYでできそうですが本堂となるとムリですからね。

 

ツイン灯篭×2の4本には驚きましたが(前回の画像)三河のお寺で見ることが多い変則六脚の水屋も見事です。

井戸は閉じていましたが矢作川流域ということで水は豊富でしょうね。

 

最後の画像が昨日岡崎教務所より届いた「三河大浜騒動150年」特別展の図録から。

まさかこちらが送られてくるとは思いもしませんでした。

昨日ブログで記した石川台嶺や姉の高野そして順成寺と三河寺院の関係がカンタンに記されています。

私は西尾の岩瀬文庫にて購入していましたので一冊は叔父に送ることにします。