山号「微妙」と「破闇」 無明の闇を破する・・寶林寺

最近になってよく聞くようになった病気の名前。

それがパーキンソン病。

長患いで回復が難しい病で、寝たきりになって終末を迎えるというパターンを耳にします。特に症状として「痛み」を伴う部位が出るといいますね。

 

どなたでもそうですが、「痛み」というものはことのほか辛い。

頭痛を主体に(その病気から比べれば軽微ではありますが)「痛み」との付き合いが長くなってきた私は鎮痛剤のお世話になることが多くなりました。

その効果が出た時と痛みを我慢している時ではその気分たるもの雲泥の差を感じます。

時として薬の効果が出ず痛みが消えない場合がありますが、当方奥方のそれへの見解は直前の食事の量にあると。

痛みを消すためには薬によって胃を荒らさない程度に軽く食事をとることが肝要と。

経験則からいってそれはまずまずの感ありますね。

 

最近、お姿が見えなくなった・・・などと思っていると「実は・・・」と縁者からその病名「パーキンソン」を告げられたりします。

私はこれまでのそのイメージとして長期に渡って(時に10年以上)の痛みと闘っているというところが推され、当人とご家族の尋常ではない辛さと努力を感じ取ります。

 

昨日お聞きしたのはその病気の発症のスタートの推測。

脳梗塞で倒れた後に発症したケースです。

そしてそれがまたアルツハイマーになる場合もあるということ。

 

脳梗塞で倒れてパーキンソン病かアルツハイマーか、その件話された方は「二つに一つ」と仰っていましたがどちらもその病は怖いですね。

ということは対策として脳の血管へのケアでしょう。

食べ物に尽きますね。

先日の人間ドックの先生が「天ぷらとラーメン」などとそのNG食品を名指しされていました。

 

さて、輪中でおなじみ、桑名長島の地に山号を「微妙山」、真宗大谷派の寶林寺があります(場所はこちら)。

以前にもブログで記したことがあったかと思いますがその「微妙」は今の軽々しく言われる「あまり良くない」の意味で使用される「ビミョー」とは違います。

 

仏典での読みは「みみょう」で意味としてはそのネガティブイメージ漂う「ビミョー」とは反対。

端的にその語から漂う意味を記せば「サイコー」でしょうか。

文字は同じで読みと意味が真逆・・・そんな不思議な文字ですね。

 

だいたいワープロで「みみょう」と打っても「微妙」とは出てきませんので「びみょう」と打った方が早いくらい。それだけ世の中は「ビミョー」読みで通っているワケで。

おそらく学校の試験でその二文字を「みみょう」とカナを振ったとしたら先生から「×」を喰らうでしょうね。

その「びみょう」にも否定的ではない肯定的な意味もあるのですが、世間様は圧倒的に否定的意味。

 

境内ツイン石灯籠の文字が「破闇」③。

御開祖の教行信証

「無碍の光明は 無明の闇を破する 恵日なり」 

からですね。

阿弥陀如来の光についての形容。

私の「アホ、バカ、マヌケ」(一昔前によく妹の娘が私に向かって言っていた言葉)を破ってくれる=気づかせてくれる、お日さまのようだ・・・ですね。

 

勿論本尊は立ち姿の阿弥陀如来。当たり前。

 

最後の画像がお寺の掲示板。

己の痛みを感じ相手の痛みに気づけ・・・

ななかか気づけない。

そもそも人間本来が付き合わなくてはならない難病かも。