諏訪原城 「寿桂尼」大河 発想の天晴れ 悪くない

一昨日の静岡県内新規感染者がゼロの日はたまたま叔母の定期健診がありました。

大腿骨に2本のボルトが入って車椅子が手放せなくなっていますが、その後その補強具の様子を判定してもらうというものです。

施設から病院に連れてきてもらいそのあとの診療については私どもが同伴します。

 

最大気がかりだった叔母の様子は健康そのもの。

足の状態もそうですが痴呆の進行が殊に気がかりでしたが意外や意外、以前と変わらずと言っていいほどの健全でした。

第一声が「久しぶりじゃん」には引っくり返りそうになったほどでした。要は機嫌が悪くないというのがほっとするところ。

それでいて手術から8か月経って未だ車椅子のままでいるというのはこれも意外なことでした。

 

素人考えでは治癒によって早々に歩き出すかと思っていましたが老体での骨折、そしてボルト等の器具が体内に埋め込まれるなどすると、やはり周辺の骨との癒着が骨そのものの劣化によって100%の完治(骨折前の「大丈夫」)は難しいということを思いました。

老化、劣化した骨にガッツリとチタン合金が装着されたとしてもその保持する基となる骨がその力を失いつつありますので、補強箇所周囲の骨や筋肉に負担をかけ、神経に触れるなどして「痛み」となるのでしょうね。

もはや単に「リハビリの失敗」とは言えませんね。それが老化なのです。

かといってリハビリに日々励まないで漫然と過ごせば、スグに立ち上がる事さえもできなくなって、同時進行で痴呆が進んでしまいます。よってリハビリは最大重要課題。

何より叔母はまだ「終末」医療ではありません。

 

「息子はどうしている?」と質問されて「坊さんしてるから奴に葬式やってもらいなさい・・・」と返すと「わたしゃ、まだまだ死なないよ・・・」でした。

そういえば先般「100まで生きる」と豪語していたことを思い出しました。あと12~3年。

こっちがそこまでもつものかまったくわかりませんね。

 

以前は、骨折する年配者が多かったため、私は骨折したとしても「リハビリさえしっかりやれば大丈夫」などとは言っていましたがやはり今、70代後半より「骨折してはイケない!!」が主眼になっています。

とはいえ、「骨折」は「ものの拍子」による事故ですのでどうにもならないことですが、案外と年配者の骨折は特に無茶なことにチャレンジした結果ではなく、自宅、日常生活の中での不注意が主ですね。

飲酒酩酊による転倒は論外ですが部屋の畳のヘリや何かに躓いたり、ひょいと庭に出た時の中途半端に突っかけた履物などが原因になっています。

 

まぁ不注意は誰にでもあることで転倒自体(筋肉と運動神経の劣化)が老化であるので仕方がないといえば仕方がないのですが、「蹴躓きそうなモノ」を周囲に置かないという対策はできますからね。

 

骨折部位、色々ありますが「大腿骨」をやると生涯車椅子というイメージが定着してしまいました。

叔母は、浜岡の自宅について気にしていました。

「自宅にはいつか帰られる・・・」ような希望を持っているようで数時間の間幾度か自宅の心配をしていました。

口が滑ってもそれを今解体中であることなど言い出せませんが、「車椅子で一人たげでの生活は厳しいからね まぁ3日で再び骨折して病院行き・・・」と言い聞かせておきました。

 

 

今後叔母の住所地の転出手続きを行っていきます。

牧之原市に一名様、御転入ですね。

夜間、BS NHKの「おうちに帰ろう〜医療者たちの新たな挑戦〜」を 視聴しましたが叔母の実家といえば私と同じです。

どっちが早いか(心の中では「私も100まで生きる」と思いつつ)

分かりませんが、「自分の家で迎える」ことは仕合せなことなのでしょうね。

その後の親族の煩わしさは別として・・・

 

さて、絶妙のお日和の昨日午後は、久しぶりに諏訪原城に。

駐車場前の「諏訪原城ビジターセンター」に寄ってブラつくというのが最近のならいになりましたが、私が小和田先生の講演会の催しの告知②に目が行きそれが「島田市民限定」というところに「なんだこりゃ・・・」と口を開けて奥方に言いつけようとすると「こんなものがあるよ」と指を差したのが①。

 

もっと驚きました。

寿桂尼といえば当家の今年18歳の老婆ネコの名。

それが大河に・・・イヤ、ネコではありません。

意外や意外、その切り口があったのか~でした。

「女城主直虎」の二匹目のドジョウの感がありますが、ポイントとしては「わるくない」と思いますね。

今川サイドから見た織田・徳川・武田・北条と戦国でもメジャーなところでもあります。

私も色々と想像力を発揮して、どうこうブログでもその大河採用人物の件記していましたが「まさか・・・」とその場に立ち尽くしてしまいました。

駿遠地区の大河ドラマがまたしても早々に採用されるはずもなく、お調子に乗りすぎの感も禁じえません。

もしそうなったとしたら全国から反感の嵐が。しかしポイントとしては外していないのです。

 

③④⑤は二の丸北馬出しの様子。

殆ど様子は変わっていませんがずっと工事は続いているようです。この城には今川氏真も入っていましたね。当家の氏真(ネコ)は数年前に他界してしまいました。