七曜紋手ぬぐい 500円 浜岡まで歩くのは

日曜にもかかわらず境内参拝者はまばら。

午前中はざっと先日持ち込まれた盆栽含めて、すべての松の剪定に区切りをつけました。

気になるところはたくさんありますが、どこかで手を打たないとキリがありません。

まばらにある参拝者の皆さんはマスクをガッチリ装着してのいでたちでどなたか一瞬で判別するのは難しい。

そして私。境内作業にマスク装着の件、以前記しましたが、もはやそれはもう完全にナシ。

へいチャラの躰で境内をうろついています。

 

午後は久々に徒歩で浜岡方面に向かいました。

いつもの行ったっきり、向こうで適当に奥方を呼びつけて拾ってもらうという作戦です。

緑の中を蝉と鳥の声を聞きながら歩を進めることは至福の時間。法事もなく直近黒くなったとしても「障りはない」と決めつけてのブラつきです。勿論ノーマスク。車しかすれ違いませんからね。

 

昨日は蝉と鳥たちの声以外にいつもと違う音が耳に入ってきましたがそれが遠く波の音。

海の荒れ具合を実際に目にしてはいませんが、太平洋上には台風8号がありました。

この7月の台風でこの辿るコースに首を傾げる方は多いのではないでしょうか。

本州に近づくにしろ普通は高気圧のへりを回り込んで、沖縄から九州方面を「狙い撃ち」にしたものですからね。

 

ところがこの8号の予報進路を見ると上陸地点は東北福島辺り。

台風は高気圧を避けたり偏西風の影響を受けながら進みますが、パワーの供給源は海水温度の高さですね。

いくら何でもその辺りの海水温が沖縄周辺ほど高いはずもなく、成長は限定的と考えますが、8号がこの進路を取るということはやはり以前とは違う変化、気温、海水温の上昇が影響しているのでは・・・

その件、昨年もどこかで記した覚えがありますが、台風といえば即西日本の被害という連想はもはや古い考えになったかもしれませんね。

 

強烈台風が東京湾を襲って「レインボーブリッジ崩落」「お台場浸水」などいうニュースが起こり得るかもしれない・・・などなど歩きながら・・・

 

そして昨日は私の誕生日。まぁ365分の1ということだけで最近は「目出度い」より嫌悪しかありませんが息子から「いくつになった・・・」などふざけたメールが入っていました。

「何かくれるのか?」と返せば完全無視となっていましたが。

 

その前日は最近平田寺で催されるようになった田沼意次法要の日。「私」の前日ですから忘れようがありません。

天明8年(1788)7月24日の没で法要に参加された秋野氏から「10人ほどの出席」があったと聞きました。

ちなみに昨日の東京の感染者は「1763(宝暦十三年)」ですからまさにうなぎのぼりの田沼時代。こじつけでした。

 

法要を開催するに平田寺住職の大変さは手に取るようにわかりますが、こういったものがいつまで続けられるのか、他の相良の殿様たちは無視していいのか・・・などなど一人歩きは色々と考えさせられる機会となります。

 

①は七曜紋の手ぬぐい500円。

当初不要であるとは思ったものの相良城の材を使用している拙寺本堂ということもあって1枚購入し、額にでも入れておこうか・・・などと思い出しました。

 

②途中須々木地区で見たワクチンタクシー配車場の掲示板。

年配者の利便のために配慮されていることがわかりました。

しかしそれで感染が広がったりして・・・などとも。

おかげさまで当地での感染者の発生は少なくなっている感ありますが。

 

③は田んぼの稲の生育状況。向こうの山が桜が池のある丘。

浜岡への徒歩といえば今は亡き本通りの永田さんが「若いころ桜が池のお祭りに下駄で行った」と聞いていてその頃ののんびりした時間の動きと自分の足こそ基本という考えを教わりました。「自分の足」は動くうちに使えということですが、それを奥方に言えば「自分の足で帰ってこい」「時々思いついて歩いてもダメだ!」と。