山号寺名から推測される宗旨に本尊 金沢山稱名寺 

昨日境内でのおしゃべりのお相手は貸衣装を葬儀・婚姻関係のホールに貸し出しを商いにしている方。

「コロナでまったく(仕事が)なくなった」といいます。

婚礼はキャンセルの連続、葬儀用の貸し出し衣装は激減で、ニコニコしながらでしたが「やっていけない」でした。

もう少しの忍耐・・・なのですが俯瞰するに耐え忍んで我慢の人も居ればそれが出来ずにハメを外して感染を助長している人がいるよう。

概して、後者は政治だ経済だとエラぶっている人たちの感。

感染の助長まではいかなくとも「恐れていては何もできない」などピントの呆けたメッセージを社会に放つ「二F」なる御仁、まったくもって「しょうもない」。

 

未来のことなどわかりませんが、ブラジルあたりの頭の悪そうな軍人あがりの大統領殿と重なるところもあって、あの国の如く滅茶苦茶の感染ラッシュが来なければいいなぁ・・・と切に願うばかりです。何が「Go To再開」?。

頭の中は業界(カネ)のことだけなのでしょうね。

寿命の少ない方は適当な施策でOKかも知れませんが未来のため人のための気持ちが伝わってきません。

旅行に行かなくても死にません。旅行業のダメージをことさら言いますが痛みはその業界だけではありません。

そもそも商行為は水物、「そういうこともあらぁな」で見て行かなくてはここでも不公平が露出するのでは。

 

 

以前も拙ブログで記したことがありましたが私が寺に入る前は

私どもは横浜の金沢区に住んでいました。

市大病院の看護独身女子寮の真ん前に自宅があって、会社(日本

発条)から徒歩で帰宅する際、グリーンベルトという緑地帯沿いに

道を折れたその帰路、巡回中のおまわりさんと目が合ったことを

思い出します。

「こんにちは」と私から声をかければ怪訝な顔となって私の自宅

まで付いてきました。「あなたはどこのどなた?」でした。

住所を告げて名乗れば「そのような名は知らない」といよいよ

不審の顔をして自宅まで付いてきました。

私が自宅の鍵を取り出して本当に玄関に入るのか確認したかった

うでしたが、奥方にそれを言うと「誰もが怪しむその風体」

苦笑していました。

聞けばその周辺は変質者の重点警戒区域だったようです。

まず怪しい、信ずるな、騙されない・・・がお仕事ですから致し方な

し。

 

私どものスタンスといえば親鸞さんの

「たとい法然聖人にすかされまいらせて、念仏して地獄に堕ち

たりとも、さらに後悔すべからず候」の件を思いますね。

ただし政治屋の言っていることはハナから信じていませんが。

 

さて、昨日は四十九院の兜率山唯念寺について記しました。

その山号の兜率とは弥勒菩薩の修行する場所でしたから本尊に

ついて阿弥陀さんではないのかとの疑いの念にかられたのでし

たが、要は古いお寺で真宗に改宗されたという歴史があったので

した。

 

尚、弥勒菩薩は釈迦入滅後(火葬です)の56億7000万年後に人々の

救済のために仏となって出現するという「未来」の仏。

菩薩といえば修行者のことですが、ここでそのお約束の通りを

先取りして「弥勒如来」に「弥勒浄土」などいうストーリーをも

構築して時代・地方によっては「弥勒」を一番に崇拝し、自身と

皆々現世の幸福と衆生の往生を託す仏として崇められたのでし

た。いうなれば私どもの往生を願う阿弥陀浄土と同等、あるいは

対峙するものですね。

 

遥か彼方の先の先とはいえ仏の「約束」であるからして「反故

にはされない」という「確証」を得つつやはり「今来て欲しい」

の切なる願いにもなってその仏の招来を期待したのでしょうね。

「阿弥陀にまかせる」という発想にはなれない人たちがいたので

した。

 

そのかつて私どもの住まった地の散策レベルの近さに金沢山

称名寺という古刹があります。

まずこのお寺の山号を見て「金沢」だけに加賀のそちらを思う

方もいられるでしょうがここは神奈川県横浜市金沢区。

そして「かなざわく」といいながらも山号の金沢山は「きんたく

さん」です。

問題はお寺の名、「称名寺」。

普通「称名」といえば「南無阿弥陀仏」しか思いつかない私とし

ては当初「本尊は阿弥陀さん」とまったく疑うことがありませ

んでした。

 

するとご本尊を知って驚愕。弥勒菩薩ですからね。

やはり昨日とは逆、当初は阿弥陀堂から。

そして真言への宗旨変えがあったとのことです。

お寺の名を見て本尊を当てっこすることがままありますが、こち

らは本当に皆さん知らないで行ったとすればまさに外すのでは。

 

画像は車では行きにくい称名寺の入り口。赤門(四脚門)から。

⑥⑦⑧は山門の道路を隔てた墓地。④は北条家家紋。