さらば 父が愛でていた植栽 合掌して伐採

昨日の夕刻、一時の酷い寒さがなくなったこともありますが、ひとっ風呂浴びての温かくなった体にほっこりと機嫌を良くして奥方の散歩に付き合いました。

波津の街区を歩いていると家屋片付け中の秋野氏がひょっこり偶然、窓から顔を。

どうやら一仕事終わって休んでいたようです。

軽トラを取りに来なかったため「どうしたの?」と聞けば、自家用車のトランクに積んで処理場に行ってみたとのこと。

ロクすっぼ積み込みできなかったようでしたが「ご遠慮なく」と伝えました。

 

昨日の処理場は一時持ち込み不能の時間があったようです。

燃やすゴミのホールから出火したのでしょうがそれほど珍しいことではないのでは・・・まぁ通常あってはならないことなのでしょうが、ゴミの中に発火性のものが入っていることがあり得るからです。その有無について中身を確認する方法はまったくありませんからね。

時折放水している様子も見受けられますしいわば日常茶飯事的なのかも知れません。

まぁそのお隣に焼却炉がありますのでそちらから火が延びてしまうこともあるのでは・・・。

 

そして私が「日の高いうち」に風呂に飛び込んだのは昨日もチェーンソーを振り回して木クズだらけになったからです。

悲しいかな私の判断のまちがい、剪定伐採をしすぎたことによって立ち枯れしてしまった槙柏と杉が合体した木です。

父親がよくこの木を「珍しきこと」と愛でていたことを思い出します。

ここでまた一つ父との思い出のモノとの決別があったわけですね。

 

一人の人間の一生が終わった時、溢れるばかりの色々なモノたちと対面させられることを知りましたが、思い出のこもった植栽というのもこれからの「わかれ」のテーマかもしれません。

この木は私が枯らそうと思っていたわけでもなく、父を追うようにして枯れ死したようにも感じます。

私も多様に植栽を境内に入れましたが、息子にそれらすべてを任せることも罪なこと。放置されることはやむを得ないでしょうしそれに耐えられない個体は滅するでしょう。

やはり同様にしてその主人と一生をともにすることになるということでしょう。

息子も私の遺したモノたちを処分する際、そんな感慨にふけるのかな・・・とも。

 

昨日は細い方を下ろしました。

ケチな根性はここでも発揮され、長めの丸太チェアーでも・・・などと考えて切断を控えました④。

ところがこれが重たくて重たくて・・・やっとのことで奥方の力を借りてここまで転がしてきました。

実は現在改修中の南側の墓地に置こうと考えたのですがこの分ではユニックを持ち込まなくてはどうにもならないでしょうね。

当初太い方とで2本ばかり作りたいと思いましたが・・・余計な事を考えると疲労度が数倍上がります。

 

昨日は奥方は外出していましたので一人仕事でしたが残りの太い方は助手としてロープワークしてもらうことにしています。

ある程度切れ目を入れて樹上から退避し、引っ張り降ろすことになります。一本丸ごと根本から・・・はラクそうですが長すぎてリスクが大きすぎます。場合によってはコンクリート舗装部分を痛めるかも知れませんね。

 

下ろす場所が限定される場合は吊るし切りといってバンドとロープを駆使した伐り下ろしを選択します。

ハナからユニックを借りて来ればずっとラクなのではあります。

ただしその過信は禁物。立ち木の重さは半端でなく昨日も大型クレーンが木と一緒に引き倒されていたニュースを見ました。