越生行脚の報せ 梅園と太田道灌と渋沢平九郎に因む町

アメリカの旅客機(B-777)のエンジン炎上と部品脱落トラブルの画像を見せつけられて、小心者の私が思うところは「誰が飛行機などに乗るものか!!」です。

飛行航路下に住まうことのリスクも大いに感じました。

海外旅行などコロナとあわせてどちらにも行きたくもなし。

あの画像は「ありえない」というか殆ど映画の世界のようなもの。

沖縄への未練はさすがに残りますが奥方は「イイ齢して真っ黒になってどうするの」と言いますし。

ということで奥方の、トルコへの夢も諦めていただきましょう。

 

年明けくらいから右腕に痺れが出現しました。

両腕関節と左ひざの痛みについてはすでに慣れによって何とか誤魔化しながらの生活となっていますが、それにこの右手の痺れの追加とあっていよいよ「年齢相応」を思うところです。

腕の関節に左ひざについてはその酷使について心当たりというものが重ねてありますが、「痺れ」については不気味です。

 

楽観的にみれば先日の通夜の日の午前中にチェーンソーを振り回して他家立ち木の伐採を2本ばかり行ったことによるものかと心を収めますが・・・、しかし以前記したことがありますが頸椎の出っ張りが神経を押している症状の進行という最悪も頭をよぎります。

だいたい後者の方である(良くない方)というのがいつものパターン(悪い方・・・)ですが、医者の見立てでは「即手術」で次の「交通事故等、何かの衝撃時」には「致命的」と脅されています。

何らの対処もしていませんので仕方ないといえば仕方なし。

 

その手のしびれから来るものなのか、今回の法事ではピンマイクが上手く装着できないという不都合がありました。

要は親指と人差し指に力が入らずピンの挟みの部分がうまく開けられないというもの。アレは洗濯ばさみのようにとはいかず小さくて結構に力が必要なのです。

もたもたあたふたしながらで、マイクのカバーが外れて衣の中に落ちたりした挙句、なんとか装着、それでいて通夜が終わった後担当から「マイクのスイッチが入っていませんでしたね」。まったくがっかりでした。

何処行っても我ながらバカ丸出しの躰で恐れ入ります。

 

さて、日曜日のポカポカ陽気の中、「行って来た」と言う具合に「山ガールの女墓場放浪」の友人から画像が送られてきました。だんだんと私の希望の沿うものになってきて嬉しい限り。

良いお天気に誘われて越生の野山を散策してきたよう。

 

この「越生」と言う地は神奈川東京の居住経験のある静岡県人の私にはまったく馴染のない町ですが、意外な有名人の名が出てきました。

特に拙寺境内には山吹が二株植えられていますが、それが太田道灌のあのエピソードからでした。

太田道灌については拙ブログにても何度か記していますが、神奈川から静岡に大いに関わった人ですね(→ブログ  ヤマブキについてはこちら)。あの黄色の花もそろそろの季節ですね。

 

そして今一人が渋沢平九郎。

高身長色白のあの容姿は殆ど役者顔。映画の中の一コマのよう。新選組土方も勝海舟も鉄舟もイケメンでしたね。

政治屋の顔とガースー息子と「不適切な関係」と言われる公務員殿の面々・・・貧相に感じるのは私だけ?

齢をとった威厳というものもまったくなしですね。若きOSAKAに「無知」とこき下ろされたあの御仁「2F」レベルではいかにもいかにも・・・

平九郎は幕臣として奮戦し死した若者でした。