唐臼の壺から「東小田原随願寺跡」

報恩講当日は雨予報。折角の日に申し訳なく感じます。

昨日は本堂に幕を張ることを息子に手伝わせたあと、その代わりに少しだけ息子のタイヤ交換に付き合いました。

車イジリが好きなのは私の度を越して見ているだけでほとほとバカバカしさをも感じますが、まぁ家に籠っていられるよりはまだマシ・・・と開き直って見守っています。

 

これまで私は「車さえ運転しなければ事故は起こさない」のでその時間を極力減らすことや「運転する際は気を付けて」程度の忠告をしてきましたが、そもそも現社会にあって車の運転をしないことなど普通に生活していて殆どあり得ないことですし、100%事故を起こさないことなども不可能でしょう。

 

人はミスるものですからね。よって今回、私が思いつきでした忠告は「事故を起こしたとしても逃げるな」でした。

当たり前のことと言ったらそれまでですがその時「逃げたくなるのも人情」ということはこれまでの例の数々から承知していること。

親として子が事故を起こすことは考えたくないことですがその件念押ししておきました。

人は注意しても注意しきれず事故は免れない、よって「逃げたらダメ」でした。

 

事故を起こして相手がいたとしたらまず、救助要請に通報です。余力があったら警察関係到着まで後方車両に注意喚起の作業をすればいいのです。

事故を起こして適切に対応すればなんとか謝罪と保険で済ますことができますが逃げたとすれば社会から干されて一生の後悔をすることになりますからね。

 

しかし自分の息子に「事故っても逃げるなよ!!」のストレートな発言はなかなかできないかも知れませんね。それもイイ年した大人に。

息子はそれからGo To 赤富士券」を握りしめて友達とハンバーグを食すと「さわやか」に向かいました。

 

さて、唐臼の壺摩崖仏をあとにして林を抜けると右方向に「東小田原随願寺跡」の階段が見えます。

入り口にロープが張られていて立ち入りを拒む様子がありました。

以前記した際は一旦は「やめておこう」と引き下がりましたが

待てよ・・・折角ここまで来てそちらがどうなっているのか、何故に人の進入を拒んでいるのか、高々ロープ一本ではないか(跨いでしまえ・・・)という誘惑に負けて実は階段を上っていました。

 

その誘惑の元といえば浄瑠璃寺の素晴らしさを味わっていたからですがその浄瑠璃寺は「西小田原寺」と呼んで、こちらは「東小田原寺」とも呼ばれいたことからどれだけ凄かったのだろうとその跡を見てみたいと思ったのでした。

木津川市の案内には

『「大乗院自社雑事記」では「明応二年から二百余年以前に大きな火災にみまわれた。さらに随願寺には三重塔もあったがそれもすでに倒壊した」と伝えており、浄瑠璃寺に匹敵する大寺院であったことを彷彿』とありました。

 

画像は今ある白山・春日神社とのことですが寺の鎮守とあった社のみを明治以降に再建させたかと。石灯篭は江戸末期のもの、おそらく寺とは関係のないもの?

 

まず浄瑠璃寺同等の寺がこちらにあったことは想像できませんでした。そしてロープで進入を阻止させる理由も意味不明。

 

最期の画像がそちらから歩いた先、お化け灯籠(愛宕灯籠)の辻。

この右奥が東小田原随願寺跡になります。

 

 

 

 

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コメント: 2
  • #1

    ねこ (火曜日, 21 3月 2023 19:12)

    こんにちは
    随願寺の石段ではどうしようか迷いますよね
    貴重なお社の画像、ありがとうございます
    浄瑠璃寺さんで聞いてみたら石段の保全が行き届いていないからではないかとのことでした

  • #2

    今井一光 (火曜日, 21 3月 2023 23:51)

    ありがとうございます。
    そうでしたか、人がやたらと上がって階段が痛んでも、階段でケガ人が出ても困りますから・・・管理者としての配慮だったのですね。
    今年は久し振りのバス遠足で皆さんをお連れしますがぞろぞろとこちらの前を通過することになります。
    浄瑠璃寺行脚が楽しみです。