田中吉政がかつて城主だったという件 田中城

昨日の午前中は天候悪化の予報とは逆に青空が広がっていました。

台風は当地より遥か南方にあるはずですから「こんなものだろう」と・・・

10時から納骨のみの法要があってその間、私が本堂で通常使用する座布団を1枚だけ天日で干していました。代わりは先日頂いた導師用のド派手な座布団です。

 

干すといってもただ軽トラの荷台に置くだけでしたがこれからの季節は本堂常設の座布団干しをしていく予定です。

最近は座布団の出番がめっきり少なくなって椅子ばかり。

今時座布団で正座などいう文化は寺であっても壊れてしまっています。

内心、その置き場に頭を悩ますようになっていますし、出番がない分収納ケースの中に積まれるばかり、適宜天日干しをすることになります。

 

法事終了後、庫裏でのんびりしていると奥方が「雨が・・・」と突然言い出しました。驚いて座布団の回収に向かえどすでに遅し、まさかホントに天気がこれほど早く崩れるとは・・・。

その後は好天が戻って干し直しの時間をいただきましたが雨がまた降りだしたり、まったく信用のならない一日でした。

 

先日は新コロ発症牧之原市1号さん2号さんの件、拙ブログにて記しましたが昨日はあの記述に関して「相良と榛原を差別していめよう」との指摘を頂き少々反省。

旧榛原町にも檀家さんがいらっしゃいますしね。自分の家から遠いからイイというものではありませんでした。

まぁ心情としては台風のコース同様、遠くに離れていただいた方が素直にうれしいですからね。自分への直接被害が免れることを喜ぶことは人情として致し方ないかも。台風も津波も。

 

そして、昨日の法事で「な~に住職しらないの?」と。

「細江の人が1号で2号は大江だよ」と御注進。要は同じ会社内での感染だったよう。

その手の噂話に花を咲かせるのも何だとは思いますが、前にも記しましたように本質的にそこはみなさん興味が向くところ。

仕方がないですよ。

差別があったとしたらイケないことですが相良の美容院に予約を入れる前に「大江の人はきていない?」とそれを確認してからという話もあったよう。

相良の人は厳しい~。

 

何故にそれほど情報が拡散するかといえば、その「興味」の件もありますが、その方は「家に消毒が入る」のを見て近所の人たちから広がるとのこと。会社の方も濃厚接触者の洗い出しと消毒の件「無事」では収まらないでしょうし、そちらからも「噂」は広がります。

 

経路と立ち回り先、濃厚接触者の調査によって某スーパーマーケットにも消毒が入ったと聞きます。地元ではそちらへの来店は控えたいという人も居るようで少なからず地元無関係の人たちにも影響は出るものです。

しかしこれだけバレてしまうのですからすべてを秘匿したとしてもまったく無駄というもの。

最初からブチまけていた方が気がラクですし潔いことですね。

 

さて、昨日の続き高島の上寺城(最近では田中城の方が有名)。

登城前は心わくわくではありますが実はこちらはクマ出没が頻繁な場所と心得ます。

その時は冬眠期ではあったものの「最近は冬眠しない個体も」などという噂がありますのでやはりビクビクです。

 

地元の方との会話の中、春~秋は山へ入る時は「犬を連れてが鉄則」とまで言っていましたので当然ですよ。

この辺りの山あいと村落の間には必ずといってフェンスが廻らされていてこの山でいえば登城路には「開けたら必ず閉めて」のドアがあるわけで、いつもの如くこの異空間に足を踏み入れロックを掛ければ当然ながら緊張感はアップします。

 

比高(標高220 比高100)としては大したことはありませんが山城らしい山城で遺構も散在します。

この上寺城は以前から史料では見られたものの実際の位置は判然としていなかったようで昭和53年に土塁に曲輪、堀切など城郭にまつわる遺構が発見されてからその城址として知られるようにったとのこと。

 

昨日ブログでは高島佐々木氏一族、高島七頭について記しましたがこの田中城の名称がそのなかの田中氏からですね。

秀吉-家康と絶妙な橋渡りをしたことで名の有る田中吉政という人が居ますが『寛政重修諸家譜』では近江国高島郡田中村の出身であったと記されています。

以前のブログでは農民あがりと記していますが信長によってこの地を掌握された際に帰農したということです。

 

そして先祖は近江源氏高島氏の一族で田中城の城主とも言われていますが、よくわかりません。

城主としてあったならば責任を取らされる可能性もあり、名を捨てて帰農して難を逃れたとすればそのドサクサの中、「わからない」になるのは当然でしょう。

そもそも寛政譜は後付け申告の傾向が強いものですが現役大名家として家系が「元百姓」というよりは「元城主」の方を伝承させた方がさすがに聞こえがいいでしょう。・・・(勝ち)残った者の歴史ということがここでもわかるような。