「なんだアレは!!張りぼてか」 大桑城 山県市

昨日の東京は、91名。

毎度おしるしの如く記しています。

一向に減りそうにない状況の中、あの緊急事態とやらは31日まで延長されるようです。

実を伴っていない「宣言」などこれも「おしるし」の如くに感じます。

「社会経済活動の部分容認」ということで責任は国ではなく「各自まぁ、それまでうまいことやってくれ」の物言いの様。

 

 

「偽りを申す者は国を欺く」は昨晩の大河ドラマの道三の台詞。どなたかの演出?時流にあっているような気がして思わずら「うまいこというな!」とニヤけてしまいました。

いつ頃の収録だったのでしょう。

大河は「新コロ」のせいで収録が進まないよう。ひょっとすると越年・・・の噂も出ていますね。

 

大河のあとは「新コロ」特集。

あのクルーズ船についてのあれこれを振り返るものでした。

驚愕は感染者の部屋にもそうでない人の部屋にもウィルスが存在していたということ。

特に1番がトイレの床。2番が枕で3番が各リモコンだと。

ああ恐ろしい。

これから衰退するのは「クルーズ船」の旅ということはわかりますが、ホテルに泊まるのも、ビュッフェ形式の食事の提供などなど無理ですね。

他者との何かの共有など禁忌、そして「2m」厳守の社会が訪れようとしています。つり革・手摺りエレベーターのボタンにエレベーターという閉鎖空間。どれもこれも都会にありふれたものたち。 

 

さて、大河ドラマは長男高政(斎藤義龍)の「本当の父は誰?」というところがやはりその父子確執の要因で、「父(道三)殺し」に至った理由というストーリー(主家土岐頼芸の拝領妻である側室の深芳野は道三との婚儀以前既に頼芸の子-高政-をやどしていた―噂と創作レベル)展開か・・・と思わせていましたが(その真実はわかりません・・・)ドラマでの高政の台詞で「(油売りの成り上がりの血縁よりは)土岐源氏(清和源氏)の方が通りがよかろう」(美濃守護としての)がありました。

つい、光秀は「賢いやり方・・・」と漏らしていましたね。

ということで劇中、高政は本当の父についてはちゃんと知っていたということになりましょう。

 

面白かったのは道三が対高政への旗揚げを思いとどまらせるために尾張の帰蝶によって派遣された(これは架空のはなし)という女芸人いろは大夫(ちなみに当家のネコの名は「いろは」-五六八)が道三に勧めたというのが越前への逃亡経路の手はず・・・という件。

それは道三は一蹴したということですがそもそもその越前朝倉と美濃との厚いパイプは彼が排除した土岐家のものでしたからね。②系図。

 

今回、劇中連発していた城の名が「大桑城」(おおがじょう)でした。

よって昨日ブログでは陵墓から「石」に戻るとはいいましたが大桑城についてです。

現在の岐阜県山県市(やまがたし)にある「古城山」にある城ですがやはり城と城下町は越前一乗谷を倣ったものと言われています。

 

この城の登城は一乗谷城以上に「バスツアーで皆さんを・・・」などいうお気軽な城ではありませんね(標高407.5m)。

つづら折りの道の悪い急坂が続き、とてもではありませんが、皆さんをお連れできるような場所ではありません。

「崖」を思わせる箇所もあっておそらく万人がお気楽に行ける城ではありませんね。奥方を連れて行ったとしたら離縁状を叩きつけられるところです。

私も「ことのついでに寄ってみる」お城ではないことを知らされたわけで。

 

登城路は2コースあって1つは中腹以上のところまで車で行けるようでしたが私どもは一番下の駐車スペースに車を置いてから。

このコースでないと、各所遺構と出会うことができません。

 

表記は「奥の細道」氏がそれを見て思わず放った言葉。

主郭頂上、城下を見渡せる場所にミニチュアのお城が建てられていました。

今では名物のようになっているようですが、当時の「城」としては全然様相が違うわけで・・・それにしてもこれらを建築するにこつこつここまで部材を担いできたかと思うとその努力に敬意を抱きます。

 

まさに山城に相応しいの一言。

高天神城もその「山城」の範疇にはありますが、今は亡き母と永田さん(旧姓野村)両名と奥方でのんびり上がれるくらいのお気楽加減ですからね。

場数を踏んだ城好き猛者が「なんだアレは」との声がよく聞こえてきます。

付け加えますが城の堅牢難攻度はそのスケールにあらず・・・です。

 

 

③クマの脅しは山城登城口では毎度の事、もし出会ったら「腹の底から太い声でコラ!!」と目を見て言ってやろうとは思っていますが・・・

⑨稲葉山城(岐阜城)が見えるはずなのですが、その日は霞の向こう。最期の画像が長良川上から振り返った金華山(岐阜城)。