五感の鋭さ(諜報と筋トレ)は自然の中で養う 役行者

東京は181人(国内574)、またも記録更新です。

まさか数日後に東京4桁全国5桁・・・?  恐怖が頭をよぎります。

 

私は昨日初めてマスクをつけたまま法要(本堂でない場所)を行いました。

勿論、事前にお断りをさせて了解いただきました。

その閉鎖的空間で一番イケナイといわれる「大声」を出しますからね。

「私が感染者」である事も考える時期だと思います。

 

聞くところによると今、当地では「東京から来ました」の如く言うと「後ろから石が飛んでくる」くらいだと。

首都圏在住の子供達、親の葬儀にも出席できなくなっているようです。

今キャンペーンの如く「Stay Home」「家に籠れ」「外出するな」について、それはそれで確実に効果は上がるのでしょうがその本当の意味は他者との接触機会を少なくすることに決まっています。

ウィルスは「ヒト―ヒト感染」であってヒトそのものが感染源ですから当然です。

 

要は人間社会と隔絶した仙人の如くの生活環境に浸っていればまず感染しないということになります。また違ったウィルスの感染はあるでしょうが・・・

まぁそのような隔絶に生活することはできませんし、今時の宗教関係者であってもそれは稀有なスタイル。

まぁ仏教というものは極論、釈迦の法・・・信仰を伝播(感染)拡大してきたものですからね。どちらの宗教もそれは同じで自分オンリーで「たすかる」(小乗)のでは衆生救済の理念から離れてしまいます。

 

アマゾン川流域に住まう原住民にもその病の発生があったという件も聞きましたがそれは誰かがそのウィルスを持ち込んだということでしょう。

その感染源となった人の悔恨は別としてその病の僻地での発生、確率的には低いはず。

またアマゾン川流域に住まう人たちであっても現代社会と完全な隔絶はもはや無いに等しいかも。「他者との接触」に関して意外に大いにあるのかも知れません。まぁ例外のくくりで。

 

接触感染で一番に気がかりなのは閉鎖的空間で人が集まることです。ということで「家族」という集合体を考えれば「家に籠る」ということはその「閉鎖的空間に集まるな」の推奨と矛盾しているのでは・・・

軽症者は家に居ろと言われても、自分が感染者かどうかも分からない中(簡単に検査してくれない)、「家」という空間に居ればその同居の家族は「どうするんだ」という単純な疑問が生じてきます。

またトイレという感染場所第一のスペースが同一であることは最大のネックですね。各人それぞれのトイレがあれば別でしょうが・・・

そして全員感染し隔離されたとしたらペットたちどうなるの?

 

感染-陽性と発症にタイムラグがありますのでその期間、感染に気付かないうちに買い物等「不要不急にない」外出をして他者と接触、感染拡大をしてしまいます。

 

現在、バカバカしくも「宣言」による方向性について今更ながら、都と政府で「対立」しているよう。

やることなすこと施策の発想は稚拙に極まるの感。

 

個の利権とプライドがこの国を無茶苦茶にしてしまいました。

これからどっと亡くなる方が溢れかえるかも知れないというのにお粗末そのもの。

その責任の取り方たるや如何に。

下剋上の世ならばとっくにその首は飛んで槍の先に刺され雄叫びとともに高く晒されているはず。

徳政一揆の声が民衆から自然発生的に起こらないということはみなさん結構裕福なのかも。

 

さて、岩船寺の岩船墓地について3回ほど記しましたが車を停めた公民館からほんの少々岩船寺寄りの今度は向かって右側の山に分け入ります。

手前、不思議な札「文殊」が掛けられたお宅がありますが(表札ではありません)、これはかつて岩船寺前にあった「文殊院」というお寺の名から。

おそらくその寺のかつての有徳人の家系か住持の系統かも知れません。

地元ではそれが「岩船寺前」を意味する地名のような意味合いになっているのでしょう。

 

その語は「慈心」と以前記しましたが昨今政治にそれを感じなくなったと思うのは私だけなのでしょうか。

 

その右手の山(「行者の背」)には薄暗い細道が続き50メートルほど進むと右手に分かれる上り道があります。

その先には江戸時代の役行者の石像があります。

私はその役行者については興味の外ですが、かつて當麻寺にもそれが祀られていたのを見ました。

まぁ彼らと言えば真言系世界からの派生、特に中央のやり方に反発したというか、独自世界を求めての山籠もりのイメージがあります。

 

奈良興福寺辺りの真言、律宗の流れを組む修行僧が既成権力とのしがらみを離れてこの当尾に展開(・・・別所)したのが始まりですがそれすらも許容できないとさらに奥に籠ったのが「役行者」の流れかと。一説に彼らが木津川を辿って伊賀に移り、伊賀忍者の元になったともいいます。山から下り民の中に、人々を率いれば「揆を一」にすることができます。

信長と徹底抗戦した気概のルーツかとも考えられます。

 

山に籠れば俗に混じらず・・・これはウィルス(感染する煩悩)から身を守る一番の対策。体も鍛えられますが考え方としてはそれ結構に古いものがあります。

 

画像②③④⑤は公民館先右側の「行者の背」への曲がり道。

以前の画像と先日この前を通過した際、そのギャップも面白いと思って車を降りました。

浄瑠璃寺方面から円成寺方向に向かう途中です。

⑥の分かれ道までほんの少し歩くだけ。そこからさらに少々。これからの時期、此処へ立ち寄ればタケノコ泥棒と思われるかも。

 

石像はごく小さく近年のものですが、その像を囲う石塔ベースや「笠」など、おそらく室町からそれ以前まで遡るかもしれません。パーツ寄せ集めての工作です(場所はこちら)。