一一光明遍照十方世界 念仏衆生摂取不捨 遍照寺

ラグビーWカップのジャイアントキリングは壮観でした。当地遠州で起こりました。

まさかアイルランドに勝てるなど思ってもいませんでしたから。

もっと驚いたのはNHK全国版で「エコパの奇跡!」と絶叫していた方がニュースの度に流れていましたが・・・「あの人・・・」と奥方と目を合わせて絶句してしまいました。

静岡の駿府公園のスクリーン前の図でしたがその近くにいらっしゃる方です。

それこそあの方の顔が毎時放送されることに・・・「奇跡的」を感じました。まさに驚き感動している姿が何度でも映像として採用するに価値あるものと判断されたのでしょうね。

 

それにしてもラグビーはまだまだ日本においては馴染んでいないようで・・・ご近所さんレベルでは「興味なし」風の方たちばかりです。まぁそれは致し方ないにしろしそもそも放送の方の盛り上げようとする意図は通じてきますが、各会場の番組の日本以外の放送は殆どナシ。

放映権の問題があるのか無いのかよくわかりませんがサッカーとは大違いですね。

暇人ならではの言で恐縮ですが釜石鵜住居復興スタジアムでの試合などライブで見たいものでした。

そこのところ腑に落ちないところです。

 

さて、近江西浅井大浦観音堂付近を3日連続して記しましたが本日も(場所はこちら)。

隣同士3つの堂が建つ場所ですが、石仏たちは真ん中の観音堂と右側の堂の間を通った裏側になります。

道路から見た左側の大谷派の正願寺のご本尊は阿弥陀如来ですがその右側のお寺「遍照寺」の名を見てこちらも阿弥陀さんのご本尊を推測していました。

 

阿弥陀如来の働きは「暗い(愚かな)私を照らす」ことが主眼ですので仏典ではその阿弥陀仏にやたらと「光」という字でもって形容していることに気が付きます。

 

たとえば正信偈同朋奉讃でお馴染み御和讃「弥陀成仏の~」以下六首を記せば・・・

 

 弥陀成仏のこのかたは いまに十劫をへたまえり 

 法身の光輪きわもなく 世の盲冥をてらすなり

 

 智慧の光明はかりなし 有量の諸相ことごとく 

 光暁かぶらぬものはなし 真実明に帰命せよ

 

 解脱の光輪きわもなし 光触かぶるものはみな 

 有無をはなるとのべたまう 平等覚に帰命せよ

 

 光雲無碍如虚空 一切の有碍にさわりなし 

 光沢かぶらぬものぞなき 難思議を帰命せよ

 

 清浄光明ならびなし 遇斯光のゆえなれば 

 一切の業繋ものぞこりぬ 畢竟依を帰命せよ

 

 仏光照曜最第一 光炎王仏となづけたり 

 三塗の黒闇ひらくなり 大応供を帰命せよ

 

とありますようやはりやたら「光」にこだわっています。

 

そしてこのお寺の名称「遍照寺」についていえば「遍く照らす」ですので阿弥陀の働きについて第一に思いつくワケですね。

 

そもそもその「遍く照らす」の件、仏典(観無量寿経)にもしっかり登場します。

それが表記

「一一光明遍照十方世界 念仏衆生摂取不捨」です。

もっとも他の仏たちも究極のところ「衆生救済」をモットーとしますのでスポットライトを当ててくれるよう感じ取れる「遍照」が即座に阿弥陀と決定することはできませんが・・・実のところむしろそのあとに続く「摂取不捨」が=阿弥陀如来の存在そのものと考えてよろしいかと。

「愚かなわたし」であっても救うのは阿弥陀さんだけだからですね。

 

そしてどうでもイイことを事を記しますが、この「一一光明遍照十方世界」の「一一光明」から祖父が私の名としてとったようです。

今さらながら「いいのかよこんなので・・・」と思うところ大。

誠に畏れ多いことです。

 

施錠されたお堂を覗けば舟形光背のある立ち姿の阿弥陀さんが。煤け具合からして室町期の作を推測しますが・・・(これは私のあてずっぽう)。

 

そして昨日記した拙寺境内の「白」と観無量寿経の「一一光明遍照」。