無明長夜の灯炬 生死大海の船筏 大浦の墓石たち

「秋の夜長」とはいうものの私たちにはその時間を楽しんでいる余裕などはないのですね。

昨晩はクロ現「温暖化 16歳の訴え」を視聴しました。

日本の若者たちにもグレタ氏の言葉が響いていたことを知り安心したところです。

 

科学者の一言「地球は灼熱地獄へ」・・・ドミノ倒しの悪循環が気温上昇あと「1.5℃」によってスタートすると。

それはこれから10年間の世界の取り組み方にかかっていてもしそのままの対応無策であったならば「後戻りができない」との警告でした。

一例でいえばこれからはこれまで100年に一度程度の自然災害が「毎年起こる」ようになると。

 

彼女の言葉の中で「Oh!なるほど」と相槌を打ったのは今の地球環境の比喩として「家に火が付いている」との形容をしていたことです。

真宗門徒であれば大抵の人がハッとするアレですね。

「煩悩具足の凡夫 火宅無常の世界は よろずのこと みなもってそらごとたはごと まことあることなきに ただ念仏のみぞまことにておはします」(歎異抄)

 

その冒頭部分

「私は愚か 自分の家に火が付いているのに 気づかない・・・」の痛烈な件です。

昨日の正願寺の標語「愚かな 愚かなわたしです それさえしらぬわたしです」と同じ。

 

16歳の女の子に言われても知らぬ存ぜずの風のトランプとそれに同調するということはやはり本当の火事に気付いていないということ。リーダー失格ですね。

昨日は大統領選の支援~牛肉関税下げ・・・アメリカの農家大喜び、日本の農家ガッカリ~の躰、個人の隷属的外交を目の当たりにさせられているようで・・・

 

この火の付いた「舟」(・・・家・・・地球)から脱出したくともそれはできません。

まったく不幸な事です。

 

また、その「家に火がついていることに気づかない」くらいの「私」のことを四文字熟語で「無明長夜」(むみょうじょうや)と言いますね。

秋の「夜長」どころの余裕ではありませんでした。

 

しかしながら阿弥陀のすくいは私たちが知恵を絞って温暖化を制御させようとする力が起こり方向が定まる事。

 

御和讃に

  「無明長夜の灯炬なり 智眼くらしとかなしむな

     生死大海の船筏なり 罪障おもしとなげかざれ」

 

愚かで浅はかな私だけど・・・阿弥陀の船(船筏せんばつ)に乗って気づきを求めて行かなくては・・・

 

画像は昨日の大浦正願寺のお隣の観音堂裏の石船周辺の墓石たち。お気に入りはやはり五輪塔ツインレリーフ。