三匝 時計回りに三度回って敬意を表す 菊池五山

先日「恐ろしいサイトがある」とある事情通から知らされクリックして驚いたのが「破産者マップ」。

昨日あたりには完全閉鎖に追い込まれて今は閲覧できませんがハッキリ言って凄かったです。

 

ここ数年の間に自己破産した個人(会社経営の場合は会社名)の氏名、住所をGoogleマップ上に赤色ポイントで落とし込みしたものです。経営者家族全員の名が出ていたり個人経営の会社の辛辣を垣間見た思いです。

閲覧者はそれをクリックして検索するという凄いシステムです。日本中のその夥しい数の「破産者」を網羅していましたからね。

 

そもそも破産宣告者は官報に掲載されますのでこのサイトがプライバシーの侵害にあたるかどうかはわかりません。

ただし個々の社会生活の中、周囲にコッソリとその手続きをして借金をチャラにできるシステムですから突然今回のような利便このうえない破産者検索サイトが立ち上がるということは破産者にとっては相当キツイことでおそらくそれを見た破産者は顔面蒼白になったでしょうね。

 

興味本位で閲覧した人もあって一時は1時間に230万アクセスがあったといい、そこで強烈な数の削除依頼も同時に起こったそうです。

破産者にとってそのようなサイトがあるとなれば真っ先に確認するはずですからね。

 

 

私はかつて父母たちと小田原の賃貸マンションにて暮らしていました。父母が相良に戻ってからは私と奥方がそのままその部屋に住んだのですが、当初奥方が入ったばかりの頃、大家さんの奥さんが立ち寄った父親に「貴方の息子さんが女を連れ込んでいます(何とかしてくれ・・・)」とクレームをつけたことがあったといいます。

これは語り草になっていましたが父親は「それは嫁ですが何か・・・?」というと「グーの音も出なかった」といいます。

 

またその部屋の入口に燕が営巣したとき、それを取り払った者が居たため私はガッカリして大家さんの奥さんに「そういう人がいます」とその無残について報告をしたことがありました。

その際は「ああそうですか・・・」とあしらわれましたが、お隣さんが言うには「なぁにアレはあの人(大家の奥さん)が取り払ったんだよ」と。

ご近所井戸端話も怖いですね。みんな耳に入ってしまうのです。

私の事だと思いますが燕の巣の件での私のクレームについて「民度が低い家族」と陰で語っていたそう。

まぁそのころの私は(今とそう変わりませんが)チンピラ風情に感じられたかも知れません。

私の民度の低さはさて置いて燕の新居撤去とは関係ないことと思ったものでした。

 

神奈川県小田原市から横浜と旧来住んだ辺り(というかそこしか知っている人はいないので)を何気なくクリックしました。

「へ~え」と思ったのはその大家さんの名があって驚愕しましたね。

その驚きを叔父に知らせれば「『不動産で飛ぶ』人は結構多いよ」と言っていましたがその理由は推測にすぎません。

 

奥の墓道氏も同じマンションの「上の階の人の氏名があった」と驚いていましたが本当に身近なところに破産者はいるということです。

まぁその「破産宣告」は一方、借金から逃れられるための合法的でかつ最終手段ではありますが、ある意味その「借金をチャラにできる」という社会通念上一般的常識から逸脱したシステムの恩恵を受けるということですのである意味ペナルティ的に名を晒される事はやむを得ないことかとも思いますが。

これは借金を踏み倒されて困窮する方も存在するということですし、ひょっとして連帯責任で負債を被る人も居たりしますからね。まぁ連帯責任で破産宣告に至る方も存在することも承知していますが。

 

それは「頑張りすぎて堪えすぎて」でも抗えないその行く末であって私ども寺の「経営」もいつ破綻するかわからない環境。

いつ「飛んで」(夜逃げ)も不思議はないということでしょう。

その前、一足先に「あちら」(彼岸)に行って永劫の安楽を決め込むとしましょう。

 

 

さて、布施家に伝わるお軸を勝手に掲載。

 

「菊池五山」です。

 

荒山野水寒三匝棘籬茅舎春一梢

 

翠幙繍箇新冠春渓雲微々舊精神 

 

荒れた山野水寒し

三匝棘籬(きょくり)茅舎に春一梢

棘籬  いばらのかきね茅舎:粗末な家

翠幕のぬいもの(美しい青系衣服)

箇(これ)新冠春(あたらしくかぶるはる)

※渓雲 谷間からたちのぼる雲微々

※かすかに舊精神 旧来(昔)の心

 

春らしい漢詩です。

特に青系の衣類に袖を通すことが春のイメージとは・・・青々と言う感じになると「初夏」なのでしょうが・・・

私も大好きな色で年がら年中それを着ていますが、ということはいつも「おめでたい」ということでしょうか。

 

ここで「三匝」なる語が登場しました。

右肩を礼拝の対象に向けて(右回りに)三周する儀礼作法のことです。

当流でには「三匝の鈴」(さそうのりん)という鈴の打ち上げ下げを言ってそのことの方が身近ではあります。

よってここでいう「三匝」の「ぐるぐる周回作法」はありませんがこれは永観堂の見返り阿弥陀を思い起こします。

 

阿弥陀仏須弥壇の周囲を称名しながらグルグルと行道するわけですが阿弥陀さんが横を振り向いて「永観遅し」でした。

まぁ永観の場合は1万遍のお念仏ですから「三匝」なんてものではなかったでしょうが。

「右繞三匝」(うにょうさんそう)なる語があってそれが「右回りに三周」することです。

盆踊りもその名残でしょうね。

それを逆に回ることをよく「左巻き」と言うのですが人とは違う変わり者のことを揶揄する語です。

まさか世間様は「逆回り」を「民度が低い」とまでは罵倒しないでしょう。