家の中にカニが這ってたら・・・小島蕉園

サブリース賃貸アパートの大手が施行不良の問題で揺れていますね。私の友人も元いた会社です。

法令違反の粗悪施行が表に出てしまったからにはしっかりと改装工事をしなくてはなりませんがその数ときたら・・1895棟余りといいますからその多さに驚くばかりです。

 

現状入居者に転居費用を全額支給するのかしないのか・・・などと先日まで情報が交錯していましたが、会社は転居費に関しては「支払う」と公言したようです。

しかし「春の大移動」運送業繁忙期と重なって、なかなか手配ができないという難渋を強いられそう。

 

思うに入居者を無事追い出したとしてもそのあとの工事費は勿論、入居者不在の部屋の家賃保証に傷ついた信用、改修後の入居という道筋がハッキリしないというのは大家さんたちにとっても不安でしょうね。

 

どこかで聞いた「伝説」に近いようなアパートの居住者の話がありますが床と壁の隙間から「カニが這い上がってきた」といいますので気密性の無さはお墨付きの様。

拙寺の庫裏でしたらそんなこともあり得ることかとは思いますが、さすがにカニには驚きますね。

自然環境の良さがうかがえますが、そもそもアパート経営なるものは自然環境の良さも大切ですがそれには<ほど>というものがあって、駅近と利便性が大事。カニの出現など不要なのです。

「立地」を無視して安易にアパートを建ててしまったことも想像できるところでした。

 

さて、久々「蕉園渉筆」から。

蕉園が波津の代官所(官舎)に初めて入った時(文政六年1823)の驚きが記されています。

まずは原文から。

 

蠏行紙障

始入官舎之夜、屏障有鼠噛紙聲、逐而不去、

燃燭視之、蟹横行也、

問之、海国所常有云、

都下所不見也

 

始め官舎に入る之夜、屏障に鼠が紙を噛む聲有り、逐而去らず、燭を燃やして之を視る、蟹が横行する也、

之を問うに、海国では常に有る所と云う、

都下では見えざる所也

 

蕉園がその官舎に初めて入ったその夜、ある異変に気付いてとび起きたようです。

「屏障」はついたてや間仕切りのことですがタイトルに「紙障」とあるように簡易な明り取りを兼ねたものでしょう。

蕉園はその晩それを噛んでいるネズミらしき物音で目が覚めたよう。

燈を灯してそれを見やるとなんと蟹が歩いていたといいます。その件を人に聞いてみると「海国では当然」の如くいわれたそうです。江戸市中ではそのようなことはありえないと驚いた様子がわかります。

また「燭を燃やす」の表現。

「つける」ではなくて「燃やす」・・・です。

 

代官所の場所は今の本通りより100mほど海側(横町)の細い通り。横町の語源がカニの「横行」(蟹横行也)からきているとしたらまた面白い。

 

海岸線が大分後退したとは言いますが当時はずっと海が近かったのでしょうね。

 

画像①は「蕉園渉筆」のコピー。

②③は「小島蕉園伝」から。大正七年に文部省から出されたものです。③蕉園の生まれた地についての記述がありますね。

四谷忍原横町とありますね。そこから自身生活の場を「横町」と呼んだということも考えられますがコジつけでしょうか・・・。

 

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コメント: 2
  • #1

    小山昭治 (水曜日, 20 2月 2019 11:16)

    時代を感じますね。私には家の座敷にカニが這っているのは不思議ではありません。
    ネズミが天井裏で運動会。これも当たり前。
    ネズミが家にいると言うことは地震が無い。と言うことに捉えていました。
    ノミも当たり前。騒ぐほどではありません。
    それに比べれば今じゃあ天国。すきま風に大騒ぎ。そんな時代ですね。

  • #2

    今井一光 (木曜日, 21 2月 2019 20:13)

    ありがとうございます。
    「家の座敷にカニ」ですか? 小島蕉園ではありませんが驚きます。
    我が家では・・・こちらに記すのも嫌になるような不快生物たちです。
    しかしカニは見たことがありませんね。
    びっしりとアスファルトで舗装されてしまったからでしょうね。