江戸期幼小児向き教書(往来物) ベストの「今川」

お国の政策において「何も対策はしていないのでは・・・」(あるいは対応しつつも進捗効果が見られない)と思わされる件は多々あって挙げていればキリがありませんが、今度発表された小中高生の自殺者数が高止まりして減らないという件、他の色々の無策の中でも特に焦燥感が増します。

人工減少傾向の中・・・、などと言えば叱られそうですが我ら老いの坂を急加速して転がっている身としては前途有望な若き命が失われていくというのは勿体なさすぎの感。

 

先般も「幸福度ランキング」なる数字のお遊びを記しましたが、日本全国津々浦々でこういった現象が繰り広げられているのなら両親は勿論親族縁者から近隣に住まう者そして友人たちみなもって不幸感が漂いますからそのランクが凡庸であるのは致し方ない事か・・・。

 

以前「戦争にとられる」ことが「死の覚悟」として若者の脳裏を支配した時期がありましたが、今は「学校に行くこと」が死に繋がっていることだとしたらいやはや不幸の度を越しています。

 

全体の自殺者は2003年の34000余でピークをつけ減少傾向(2016年22000弱)の中にあって小中校生の場合は高止まりのまま。ここ10年は年間300人前後で、時に350人を超えた年もあるとのこと。15~19歳では自殺が死因の1位。10~14歳では2位(厚生労働省)

 

それぞれの悩み(自殺を誘発する原因)がありますが学業と学校の問題が1位で36%。家庭問題が23%。健康問題が20%。そして1位の学校問題と同じだと思いますが「いじめ」のくくりでは2%だったといいます(2016警視庁しらべ)。

学校に行って子供が死ぬなどこれは異常事態ですよ。

そこやかしこの家庭には引きこもっている若者がまたぞろです。これらを放置しているのでしたら政治という意味が無いに等しいと言わざるを得ないでしょうね。

 

「盲亀の浮木 優曇華の華」という奇特な命を頂いた不思議の意味を知らず軽々とわが身を放じてしまう幼き心を支えるような社会が切望されます。「自己責任」なる四文字が一つ覚えのように発想され、その考えが跋扈している社会ではやはりダメですね。それだけで「優しさ」や「思いやり」というものを感じられませんから。

 

※ 24時間こどもSOSダイヤル  0120-0-78310

※ いのち支える窓口一覧 都道府県

      http://jssc.ncnp.go.jp/soudan.php

 

 

さて、今は若き書生さんたちへの指導というものは難しい時代となっていますが日本の歴史の中ではどうだったのでしょうね。

若者のひきこもりや自死などということはそう聞きませんし統計などありませんからまったく知り得ませんが。

ただしその幼少時教育のうち江戸期のどちらにでも採用、重宝に扱われて伝播した「教科書」がありました。

それが表記「今川」でした。

 

今川了俊が自らの養子にした弟の仲秋に対して遺した訓戒書で「今川了俊愚息仲秋對制詞条ゝ」。通称「今川帖」「今川状」略して「今川」です。

それは表紙に「今川」とあることからですね。

一瞬「応永十九年(1412)」とあります(没年永享元年と記された物も)ので書物の古さと勘違いさせられますがそれは今川了俊(貞世)当初の年のことです。

彼が亡くなったのが1420ですから次代に伝えるという気持ちが感じられます。

 

江戸初期(1630)に刊行されて以来、幼少時教育の手本となり勿論書写手習いからはじめてのその訓戒、倫理道徳的各項を行動規範として頭の中に叩き込まれました。「往来物」と呼ばれる手習いの一つです。

「時代が違う」などと一笑されるでしょうが、内容は結構面白いですよ。

「23条と後述」の体となりますが、追加発行により形式は変わっているようです。

 

基本的にこの訓戒の主題は「文武両道」。

その中、無益の殺生、罪人への公正な裁き、領民に対する心構え(非道の戒め)、そして自己の奢侈、先祖と祖先からの建造物保持、神社仏閣への敬意、忠孝怠慢、賞罰の公平性、臣下を見て己を慎むこと、他人の不幸を己の利とせず分限相応、賢臣と侫人の見極め、非道の富裕と正しき零落、遊楽と家職、上下や友人の善悪にその善悪の見極め・・・等々。

 

武家の心得として記されたものですが、江戸期の寺子屋等でこちらが持て囃されたのは庶民に於いてもやはり重要な生き方の規範であると解されていたからでしょう。

 

「120番」は拙寺解体土蔵から出た文書に私が付けた番号。

120番目ということです。

書によっては表現や順番が多少違っているようですがだいたいこんな感じ。

 

★一、不知文道 武道終に不得勝利事

★一、好鵜鷹逍遥 楽無益殺生之事

★一、小過輩不遂糺 明令行死罪事

★一、大科輩 為贔屓沙汰 至宥免之事

★一、貧民 令沒倒神社 極栄華之事

★一、祖先之山庄寺塔 敗壊 荘私宅事

★一、令忘却君父 之重恩猥忠孝之事

★一、軽公務 重使用 天道不恐働事

★一、不弁臣下善悪 賞罰不正之事

★一、我臣如知 之君又可為同前事

★一、企過乱両説 以他人愁楽身楽之事

★一、不知身分限 或過分或不足之事

★一、他人之理を失 濫望致し権威に募る事

★一、嫌賢臣 愛侫人 致沙汰之事

★一、非道而冨 不可羨正 路而衰不可慢之事

★一、長酒宴遊興 勝負 忘家職之事

★一、迷己利根 就万端嘲他人事

★一、人来則 構虚病 不能対面之事

★一、好独味 不能施人 令隠居之事

★一、出家沙門 尤致尊崇礼可正之事

★一、分国 立諸関令 煩往還旅人事

★一、武具衣装 己は過分 臣下は見苦事

★一、貴賎不弁 因果道理 住安楽之事

 

後段は割愛。武家としての統治の在り方が主。

検索していただければヒットしますのでそちらはおまかせいたします。