「雅嘱」と天香閣主人(石坂) 泥舟落款 相良史料館

相良油田については何度か当ブログでも記していますが「産業技術遺産探訪」というサイトに画像付きでまとめられた記事が掲載されていますのでこちらにリンクさせていただきます。

 

昨日は相良布施家に残る石坂の借用書の件その他の鉄舟→泥舟の借金の流れを推しました。

鉄舟も泥舟も揮毫乱発をその助けとしていたことは世に残る彼らの名の記された書の多さをもって知ることができますね。

それに加えて偽物の夥しい量が出回ったということは先日記した通りです(鈴木鉄舟)。

 

画像の「風月雙清」扁額は相良の某醤油醸造を商う家から出たといわれるもの。相良史料館の入り口に架けられています。

落款は為天香閣主人雅嘱御手余人書」、落款印は高橋泥舟。

 

香閣とは上記油田紹介のサイトにもありました。

石坂が相良滞在の為に工面した場所でその主は勿論石坂周造。相良宝泉寺跡の事でしょう。

さて「落款」と言えば書画の「印」と通常捉えますがその「印」は厳密に「落款印」と言い、本来の落款とは揮毫するにあたっての状況・動機・理由・時・場所などを記す事を言います。

よってその揮毫についての当時当人のその気持ちが伝わってくるもので落款印だけのものと比べてその真正度は高いと思われます。

 

「為 香閣の主、石坂周造 雅嘱(がしょく)」ということ。「雅嘱」とは「依頼され」の落款特有の言い回しです。

その後に続く「御手余人」の解釈ですが、自己を謙遜したのか実は「手に余す」義弟石坂への「やれやれ」を記したものか・・・後者のウェイトが高いかと。

 

お醤油屋さんは石坂周造が相良を去る際に借金の方として貰い受けたか・・・。

①②相良史料館と③油田の里公園④掲示物とは場所が違いますのでご注意を。⑤⑥は③の相良側。

石油井戸が乱立していた④の図はこのあたりでしょう。