なら仏像館手前(地上)の美形一流の宝篋印塔と石棺

法事のあとの雑談にて「くろい !」と私の色黒を指摘されましたがこれはその前日にほぼ池新田から歩いたこともあるかも知れません。

ほぼと記したのは叔母の家の帰り道奥方から「また捨ててやろうか」との声かけがあって「それでは・・・」ということで比木のセブンイレブンに停めてもらいました。

どのくらいの歩数があるのか興味がありましたし。

 

結果は先日の「下岬」と比べて歩数も時間も半分でした。

感じたことは田舎道のくせに案外と通行車両が多くて期待したこの季節の森の一番の主役、ホトトギスの声がかき消されてしまいました。

ホトトギスの声からはそれを聴く者に何かのメッセージの存在を感じさせますね。

たくさんのメッセージは私の場合、すべて仏からのそれを感じます。「おまえ どうなの」です。

本来「おまえ」は「御前」で敬語ですがここでは「俗に」です。そういえば「貴様」もそのような感じ・・・でしたね。

 

さて、奈良国立の春日大社展には別館併設の「なら仏像館」への入館フリーが付いていました。

御一同にそちらの仏像たちの圧巻について聞けば「知らなかった」という人も。

まぁ考えてみれば本館と仏像館を隈なく拝観していたら半日以上の時間は要するでしょうから私もどちらの方も「ざっと見」でしたが。

それにしても「仏像館タダ」のアナウンス表示(最後の画像)は嬉しかったですね。今度はお得感が・・・と思ったほどです。

 

実はこの仏像館は本館からは100m程度離れているところに建っていますが地下道で繋がっています。

その間にレストランやら土産屋があって余裕さえあればその辺りで時間を費やすというのも良かったのですが・・・

の画像は丁度仏像館に上がる階段手前あたりです。

 

お出迎えを頂いたのは立ち姿の阿弥陀さん三体でした。

どちらも鎌倉期の古仏です⑬はそのうちの一つ。

⑫も阿弥陀さん。定印と厚ぼったいお顔の座像ですが平安期ですからの古さに溜息。

その次がお釈迦さんの座像、そして三十三間堂からか千手観音。

 

その仏像館の本館とは反対側の図が①でその裏側に地下道と館内へ入る入口がありますが、その本館側の入り口前に円形の池が。その中島に古式美形のずっしりとした宝篋印塔があります。

金剛界四仏の種子の彫りもハッキリ。

さすが奈良国立とそのさりげなさに唸らされましたが説明版の「個人蔵」に興味が。

所有欲ありますね。人はそれを「コレクション」と言いますが、その文言を見て「いったいだれのもの」と首を傾げました。

そもそも墓標ですし。

私も「コレ欲しい !!」と奥方におねだりすれば「買ってやる どこで売ってるの ?」と。

こればっかりは新しいものはダメ。墓石・石塔に仏さんは古ければ古いほどイイ。売っているところを知りません。

俗っぽくてごめんなさい。

 

その池の近くには何故か石棺まで。脈略を感じませんが奈良国立の外庭にはお似合いです。日本全国田舎道農道を歩いていて「この石は古墳を壊したあとの石棺だろ・・・」などと思うところありますね。

どちらでも古墳は畑を開墾、壊し放題の時代がありましたからね。牧之原にも結構あります。

 

これらには拝観料はかかりません。